■夢を見る方向■
今敏監督の訃報を読んで、最初に思ったのは、僕より若いのに死んでしまった、CMディレクターのことだった。
「深夜ドラマで、SF特撮を企画したいので、アイデアを貸してほしい」と声をかけられ、都内で会ったのが、最後だった。
別に、彼にかぎった話ではないのだが、実写系の人は、企画段階では、めったにお金を払ってくれない。何度も、だまされた。ちゃんと払ってくれた実写のプロデューサーって、4人ぐらいかな。
20代のころは、それでも「作品に参加できた」って喜んでられたけど、30代からの僕は、ライター業だけで、生活費も税金もキャバクラ代もまかなう、個人事業主ですよ。
だから、彼に対しても、「どうせ、ギャラ出ないんでしょ」と断るつもりだった。
大学を出たばかりのころ、やはり「CGアニメの企画で、ストーリーを考えてほしい」と頼まれ、「だいたい、こんな感じかな」と思いつくまま話したら、「ふんふん、なるほど」と、目の前でメモをとられたことがあった。
「また、あんな感じで使われたら、かなわんよ」と。キミ、僕が貧乏だったころの悲惨さ、知ってるでしょって。
その点に関しては、「企画が進むたびに、少しずつ払います」と口約束をかわしてくれた。それなら問題ないので、広告代理店の人も交えて、飲み屋でブレストとなった。
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3人で雑談していると、なかなか良いアイデアが出た。それをもとに、僕は企画書を作成、納品。ところが、待てど暮らせど、ギャラが振り込まれない。
「やっぱり、こうなると思ってたよ」とメールしたら、翌日、「お詫びの分もこめて」と、約束の倍の金額が、振り込まれた。
なんだか決まりが悪く、いつ仲直りしようかと思案しているうち、肺がんにかかっていることを知った。それから、たった数ヶ月で亡くなってしまった。
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SFドラマに、CGアニメ――彼とは、夢を見る方向が同じだった。
ただ、夢を実現する手段が、違っていたんだろう。簡単にいうと、彼は、あきらめが悪かった。図太かった、ともいえるかも知れない。
僕は、自分に才能がないと悟るや、その見切りは早い。
仕事内容によるが、自分の個性なんて、いくらでも殺せる。名前の出ない仕事も、いっぱいやってきた。
しかし、彼は自分の才能を信じていた。40歳をすぎても、劇場映画を撮る気でいた。
彼のあきらめの悪さを、僕は、心のどこかで笑っていたんだ。「いい加減に、悟れよ」と。だけど、彼は死の瞬間まで、映画を撮るつもりでいたんだろう、と思う。
だからね、やっぱり、あきらめたヤツの負けなんだよ。僕は、彼に負けたんだ。
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7月から、あちこちで相談してきたことを、来月から、少しずつ実行にうつす。それが、地獄の釜をひらくことになろうとも、最低でも生きのびてやろう、ぐらいは決意している。
それは、死ななかった者に残された、宿題なんですよ。
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コメント
やっぱり、最後まで「諦めなかった人」にはかなわないってことか. . でも、いいんじゃない?ゆっくりゆっくり、で。色々変わっていいじゃない。爺さんになって映画撮ってもいいじゃない。私はそう思うよ。
投稿: ごんちゃん | 2010年8月27日 (金) 00時59分
■ごんちゃん様
彼の場合は、「生きたい、仕事に復帰したい」という気力が、強かった。
やっぱり、それぐらいの粘り強さがないと、映画も撮れないんだと思う。
やりたいことが出来ないとき、その言い訳を並べる人だけは、いっぱいいるからね。時間がない、お金がない、その他いろいろ。
投稿: 廣田恵介 | 2010年8月27日 (金) 09時52分