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2010年7月19日 (月)

■配給会社と映倫、どっちへ先に聞こう?■

先日、紹介したスウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女』。
335935_005現在、全国7館でしか公開されておらず、東京では銀座テアトルシネマのみです。観客数が少なく、見られない映画のことを話題にされて、迷惑だとは思います。
しかし、予想を越える「改変」が為されていたことに、ついさっき、気がつきました。

映画の根幹にかかわる部分なので、非常に説明しがたいのですが、最初に私は「少女の性器がモザイクで隠されていて、不自然」と書きました。
ですが、それは「児童ポルノに該当するから」などという、曖昧な思い込みからではありません。
映画の中で、エリという少女(もちろん、女の子が演じています)が、「私は女の子じゃない」と2度も発言しているからです。

その謎めいた言葉の回答は、ちゃんと原作小説に書かれており、パンフにも明記されているそうです。(ネットでも「ぼくのエリ モザイク」で検索すると、容易に回答を得ることができます)
どういうわけか、当該カットは、日本ではモザイクで消し潰された。
それは、想像するだにグロテスクな光景かも知れませんが(特殊メイクかCG処理のはず)、主人公のエリへの気持ち、映画のテーマ自体を根本から、ひっくり返してしまう重要なカットです。
だから、僕は二度目に書いたとき「恋愛だか、友情だか」と、濁した書き方をしました。何か、釈然としなかったからです。

果たして、私は映画に描かれたはずの真実を知らされないまま、「感動して」帰途についた、いや、つかされたのです。


でも、配給会社(ショウゲート)と映倫は、真実を見た上で「隠そう」と決めたわけですね。激しい議論があったものと信じたいのですが、とにかく「観客に見せる必要、ないよ」と結論したわけですね。
これでは、推理小説で、犯人の名前だけ印刷しないようなものですよ。いつまで、われわれは、こんな目に合わされるのでしょう?

しかも、問題のカットが未成年の性器「かも知れない」ため、反論を封殺しているとも受け取れます。また、物語の根幹に関わるカットのため、公に議論もできない。それこそ、「ネタバレ」と言われてしまう。姑息ですね。

――僕の見た映画は、いったい何だったんだろう?

ちなみに、表現の自由を護る映倫の審査結果はこうです。「肉体損壊等刺激的な暴力描写がみられるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。」
いや、だからボカシが入っているってことは、「観覧できない」ってことでしょ? 
(とりあえず、配給のショウゲートさんに、メールで質問してみました。映倫のサイトには、電話番号しか書かれていませんので)

(C) EFTI_Hoyte van Hoytema

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