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2010年7月18日 (日)

■歌舞伎町という泥沼のほとりで■

離婚したばかりのころ、僕は歌舞伎町界隈を、明け方まで、野良犬のように散策していた。どんなヤバそうな呼び込みにくっついて行っても、そうそう危険な目に合うわけではない。

彼女は、一畳ぐらいの部屋に、鏡台とペットボトルの水だけを置いて、客を待っていた。
僕は酔っ払っていたので、そういう気持ちになれず、話をすることにした。彼女は上海生まれで、打ち解けてくると、本名を教えてくれた。
年のころは、20代後半といったところだろう。美人だった。名前は、仮にイーフェイとでもしておこう。

イーフェイが、ぽつぽつと話すことには、家族がないから、上海に帰る理由がない。何かやりたいこともない。どこか、行きたいところもない。
僕は酔っていた。だから、「それでも、がんばって生きるんだ。元気を出して」と繰り返し言って、その怪しい店をあとにした。

僕の気に入るキャバ嬢はたいてい、何らかの目標があって、金を貯めている。資格がほしいから、昼間は専門学校へ通っているとか。
イーフェイには、何もなかった。本当に、何も欲しいものがない。枕もとの、ペットボトルの水だけだ。

ある日、歌舞伎町の店で、飯でも食おう、と誘った。中国人の経営する、豚料理の店に入ったのだが、とにかく、イーフェイは水しか飲まない。
「肉が嫌いなら、サラダでも……」。いや、野菜も食べない。でも、病的にやせているわけじゃない。普段着のイーフェイは、高そうな皮のパンツに、形のいいヒップをつつみ、流行りのニーハイブーツも、長い足に似合っていた。
そんな身なりで、僕の腕に手を回し、歌舞伎町を一緒に歩いてくれた。

「お店には内緒だよ」と、本番をさせてくれたが、そんなことを望んでいたんじゃない。そのうち、僕らには会話もなくなった。ペットボトルの水だけが、残った。

ある日、大阪へ取材に行くことになった。出発日の朝まで、イーフェイの店(というより、そこは簡易宿泊所みたいなものだった)で、時間をつぶそうと思った。
その日にかぎって、彼女は「日本にはオオカミ、いる? どんな字を書く?」と、熱心に聞いてきた。その日のことは、4年前、このブログに書いた。
店が終わると、始発の時間までマクドナルドで過ごし、東京駅まで、彼女はついてきてくれた。「もう、私、帰ろうか? 一人がいい?」と、彼女は何度か聞いた。「君が眠かったら、帰っていいよ」。イーフェイは、午後1時に寝るようにしているから、まだ平気だと言う。

新幹線の出る時間になると、彼女は僕のコートの襟をなおし、「うん」とうなずいた。
それっきりだった。僕は残酷な男だ。商売ぬきで付き合ってくれたイーフェイに、何の義理も感じない。いつだって、夜の世界を捨てられる。本当は、愛しちゃいないんだ。

あれから5年、彼女には、劇的な人生が訪れたかも知れない。上海に帰って、あの美貌でもって、玉の輿にのって……そんな人生だといいな、と僕は願う。
低くてもいいから、何か目標がなくてはいけない。たぶん、そうなのだ。一日に一ミリでもいいから、何か達成していくこと。

『ぼくのエリ』のことを考えていたら、歌舞伎町の放蕩の日々が、よみがえってきた。
このブログも、もうすぐ、現在の形のままではいられないと思うので、こんな些細なことも、メモ的に書いていこうと思う。


『BRUTUS』のジブリ特集。
100718_20450001人選も、デザインも、紙の質もすばらしい。
こんなことやられたら、アニメ誌はかなわないよ。

片渕監督が、最後の最後に『マイマイ新子と千年の魔法』と言ってくれたので、ホッと一息。タイトル長いから、プロフィールに入らないのだ。

映画は、明日の夜に予約してある。友達を誘ったら、「宮さん監督じゃないから、見ない」と断られてしまった。

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コメント

このブログは、もうすぐ、どんな形になるの?

投稿: kyasリン | 2010年7月18日 (日) 23時01分

■kyasリン様
う~ん……単純に閉鎖するかも知れません。
「いつ、やめようか」と、ずっと思っていたので。

投稿: 廣田恵介 | 2010年7月18日 (日) 23時14分

最初っから流し読みしたので、寝ます…
Only Forward!で始まった廣田さんの一区切りの時なんですね。
と、勝手に納得して。

投稿: kyasリン | 2010年7月19日 (月) 02時22分

■kyasリン様
一区切りというか、もう人生も半分を過ぎましたからねー。

「最初から流し読み」って、このブログをですか。
ありがとうございます。

投稿: 廣田恵介 | 2010年7月19日 (月) 03時07分

>タイトル長いから、プロフィールに入らないのだ。
それでプロフィールの所に新子のタイトルがないのですか・・
あのブルータスの記事、なんだかなあって思っちゃいました。監督の方から振って初めて新子の話になってるんですもの。廣田さんと同じくそこでホッとしたというか。でもいくらジブリ特集とは言え、ちょっとどうなんだろうと。反面片渕監督の意地と気持ちも静かな文章の中にしっかり読み取れて良かったですが。

投稿: Miya-P | 2010年7月19日 (月) 12時10分

■Miya-P様
僕は、あの特集で、このタイミングで片渕監督に聞くところが、なかなか炯眼だと思いました。
……よく言えばね。

それよりも、119ページの『新子』の紹介記事ですよ!
「早くもDVD化。」と書いてある(笑)。
いや、この9ヶ月、大変だったんですけど!

投稿: 廣田恵介 | 2010年7月19日 (月) 16時10分

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