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2010年5月29日 (土)

■オトコの娘、雑感■

NHK-BS『MAG・ネット』、ようやく「オトコの娘」回に追いついた。
0507_newtype_03(←オトコの娘バー「NEWTYPE」さん)

女装子はもちろん、両声類の方たちを見ていると、「うらやましい」という気持ちが去っていき、あきらめのような心境になった。でも、それは気持ちのいいあきらめだ。

(福)記者も出演されていたクロストークで、桃井はるこさんが「オタクは性別におおから。むしろ、オタクは第三の性かも知れない」と言っていて、深く首肯した。
「オトコの娘」文化は、単なる風俗でもサブカルチャーでもなくて、オタク文化に分類されるべき。もともと、オタク文化というのは、幼児向け番組に文学的価値を見出したり、玩具を評論の対象にしたり、既存の価値観をぶっ壊す暴力的なものだったはずだから。

だって、小学6年生で『ザンボット3』見てるって、友達に言えなかったもの。オタク趣味っていうのは、社会とは相容れない。


それと、オタクってのは、「第二次性徴で発育に失敗した人」だと思うんだよね。異性と同性の視線を意識せねばならない、思春期以前で足踏みをつづけている人たちというか。
だから、僕もそうだけど、醜形恐怖の人は多いと思うし、性的なコンプレックスを抱えている人もいるでしょう。
「オトコの娘」は、第二次性徴の訪れを、拒絶しているように見える。そこが、カッコいい。神様の決めた節理を、天に向かって、つき返している。

たえず、ドロップアウトしつづける。社会に受容されまいとする。これはエネルギーだ。


『サマーウォーズ』のカズマの声を、谷村美月がやっていたでしょ。あのキャラには、性差Cast4_2をキャンセルしてしまう、爽快感と背徳感があった。

カズマ役の谷村美月が、実写の『銀河鉄道の夜』で、少年役を経験ずみであったことも、特記しておきたい。
『武士道シックスティーン』で、少しも女らしいところを見せず、男口調で通す成海璃子。『フレフレ少女』で、男装のまま学園生活を送る新垣結衣。特に後者は、大人の決めた「男らしさ」を身にまとうことにより、少女がアイデンティティを確立していく点で、重要な映画だ。

『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』で、女だと思われるのが嫌で、ふくらんできた胸を必死に隠そうとする美少女・サガ(メリンダ・キンナマン)。

『マイライフ~』は、公開当時は女性向けに売ったらしいが、むしろ、ヒロインのサガにガツンとやられてしまったのは、われわれオタク指向を持つ、男性陣だったはずだ。


初音ミクも、プロデューサーが男性であるかぎり、性を越境するツールだと、僕は思っている。
女の子の恋心を歌った『メルト』には、「うp主は中二病」というタグが、つけられている。「中二病」の定義はさておき、やはり第二次性徴を受け入れられたか、失敗したかが、その後の生物学的人生を決定づけるのではなかろうか。

思春期につまずいた人間は、社会に受容されないがゆえに、独創に走る。
芸術は、犯罪の友。性にも神にも反抗する者だけが、文化をつくりつづけていく。

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コメント

>(福)記者も出演されていたクロストー
>クで、桃井はるこさんが「オタクは性
>別におおから。むしろ、オタクは第三
>の性かも知れない」と言っていて、深
>く首肯した。

 そういえば、(福)記者が出演されるんだったと思い出し、見忘れたことを後悔中です。

 第三の性で思い出すのは西垣通『デジタル・ナルシス』で、最終章で結局言っていたのは男女双方の欲望を読み取って欲望の力を吸う第三の性としてのデジタルメディアだったと記憶しています。なんでこれをみんな援用しないんだろうと読んだ当時不思議に思ったものです。男女の中間でやたら色っぽいキャラクターがデジタルメディアに数多く出てくるのはメディアとして必然なのかもしれません。

 ちなみに、僕はカズマを物語終わり近くまで女子だと思い込んでいて、最後でひっくり返されて歯がみして悔しがった派です。

>芸術は、犯罪の友。性にも神にも反
>抗する者だけが、文化をつくりつづ
>けていく。

 そんなあなたにはミシェル・フーコー『狂気の歴史 古典主義時代における』がお勧めです。

投稿: 地元記者 | 2010年5月30日 (日) 21時05分

■地元記者さま
今日、『ファリック・マザー幻想』という本を買ってきました。「性に関する重要思想家」として、フーコーの名前が出てきます。
でも、僕には、フーコーの本を読破できるほどの頭は、ないと思います。
西垣通さんの『デジタル・ナルシス』は、ずいぶん前の本ですね。西垣さんの本は、スチーム・パンク風の小説でガッカリしたきり読んでないですね……不勉強で、すみません。

「オトコの娘」は、必ずしもデジタル・メディアを介さなくても成立可能な点が、オタク文化の王道を歩んでいる気がします。
同人誌がCD-ROMではなく、いまだに紙媒体で、あいかわらずコミケで手売りされているのを見ると、案外、オタクってデジタルがなくなっても困らない人たちではないか、という気がしてるんです。

カズマは、公開前、谷村美月が「今度は、男の子の役なんです」と語っていたので、バッチリじゃないかと、割と冷静に見られました。

投稿: 廣田恵介 | 2010年5月30日 (日) 22時22分

フーコーは自身が同性愛者でエイズで亡くなっていますね。性の歴史の研究自体が彼にとって社会からの抑圧への対抗手段として切実なものだったと思います。

第三の性からは離れますが、「第二次性徴で発育に失敗した人」というと私は『赤毛のアン』のマシュウを連想します。女性恐怖症として一生引き篭もった彼がアンの想像力の最大の理解者になった。あのアニメが名作と呼ばれるのは、アンの想像力の問題を含め、後のオタク的問題系の萌芽をいろいろ内包してる点にもあると思っています。
抑圧的でない『マイマイ新子』が『アン』的であるとするなら、見かけばかりでなく、内在的問題も知らずに引き継いでるのかもしれません。

投稿: zapo | 2010年5月31日 (月) 15時47分

■zapo様
そこまで言われると、著書の一冊も読破したい欲求にかられますが、おそるべき遅読なので、一生かかりそうな気がしてしまいます<フーコー

こんなこと言うと、怒られそうなんですけど、マシュウを見ていると、ちょっとヘンリー・ダーガーみたいだな、とも思うんです。
真面目で働き者だけど、男性としては満たされないまま、あんな死に方をしてしまって……。

>内在的問題も知らずに引き継いでるのかもしれません。

また怒られそうなこと書くと、防府の航空写真を、あんな大量に集めるところからして、優れてオタク的だな、と(笑)
単に「リアリズムの追求」ではすまされない、蒐集癖を感じるんです。

裏側からのぞいた『マイマイ新子』って、なかなか研究対象として面白いと思うんです。……いや、悪趣味ですね(笑)
飲み屋で話すレベルでは、面白いでしょうけど。

投稿: 廣田恵介 | 2010年5月31日 (月) 21時24分

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