« ■同人感覚/シリーズ「人類は、いかにしてプラモデルの金型にパンツを彫りこんできたか」第6夜■ | トップページ | ■大人のジブリ■ »

2009年7月 4日 (土)

■キャラ化の果てに/シリーズ「人類は、いかにしてプラモデルの金型にパンツを彫りこんできたか」最終夜■

『ポニョ』DVDが家に届いた頃、ちょうどジブリで取材でした。
090703_18560001何だか、ジブリ美術館のポニョ展も、取材に行かなきゃならない雰囲気。
あそこには、さすがにオッサン一人で行ったことはないので、広報のお姉さんに案内してもらおう、とも思ったのですが、一人のほうが気楽なので、一人で行ってきます。


さて、全国で4人ほどの読者に期待されている、「いかにして~パンツ」シリーズも、今夜で終了です。
こうして80年代を、「美少女フィギュア」という視点から振り返ると、どうしてもバンダイの暴走・迷走ぶりに話が終始してしまう。前回の「アーマード・レディ」で、大手メーカーが、いかに安易にアマチュアリズムと結託し得るかを、ご理解いただけたのではないかと思う。

さて、090703_07460001バンダイ発行の定期刊行物「B-CLUB」は、バンダイ関連の各アニメ・特撮作品および、そのプラモデルやガレージキット、個人作品を縦横に掲載していて、バンダイの中に、さらに「B-CLUBカルチャー」とも言うべき、独自の文化圏を形成していた。
この14号は、87年公開の『スケバン刑事』映画版の最新情報が載っているが、同時に、主演の南野陽子、相楽ハル子らを模型化して掲載する……という、ちょっと一言ではコンセプトが説明しづらいというか、ようするに、やりたい放題の雑誌であった。
何しろ、「完成させた南野陽子のフイギュアを、モデラー自身が、撮影現場に持って行って、女優に見せる」というストーカー的企画を、白昼堂々と行なっていたぐらいだ。

090703_07320001もちろん、B-CLUBブランドでガレージキットも展開。
写真は、『スケバン刑事Ⅲ』の浅香唯である。余談だが、あの海洋堂も、当時は『さびしんぼう』の富田靖子をキット化していた。無許諾で『時をかける少女』の原田知世も発売していた。この「実在芸能人リアル再現系」フイギュアは、アニメ美少女とは別の系譜へと、枝分かれしていく。
090703_07330001気になる人のために見せておくと、B-CLUBの1/12スケール・浅香唯のスカートは「埋め式」である。
「ラムちゃんは、スカートが別パーツだったのに、何で?」と首を傾げられるかも知れないが、これはコストの問題。その一方、「パンツまで彫ったら、その芸能人を汚すことになる」「芸能人に失礼だ」という心理が、「リアル再現系フィギュア」には、込められていたような気がする。つまり、「アニメと現実の区別」が、歴然とあったのだ。

ところが、B-CLUBカルチャーによって、その境界線は崩壊する。
「B-CLUB」を中心に活躍していたモデラーの石井和夫氏は、フィギュアというより、手足の関節が動くドールを自作することで知られていた。それ以上に石井氏は、「南野陽子を作ったとしても、アニメ顔にアレンジする」作風で人気を博していた。「リアル芸能人のフィギュアは、ちょっとキモい」というファンも、石井氏のフィギュアには納得していたはずだ。
090703_07380001ただ、それは飽くまでも、石井和夫という個人の作品だったの。何しろ、手足の動くドールは、量産するとパーツも多くなってしまうし……。

だけど、バンダイは玩具メーカーだから、プラキャストに頼らずとも、「人形」として量産するノウハウがあったんだ。だから、アイドル・ブーム、『スケバン刑事』人気、石井和夫という原型師……いろんな条件が、パッと揃うの。天の配剤か、悪魔の姦計のように。
この「バンダイ ラブリー・ギャルズ・コレクション」シリーズには、他に『ダーティ・ペア』や『魔法の天使 クリィミーマミ』がラインナップされていた。ようするに、他のキャラはアニメばかりだった。これまで見てきたように、ファンはアニメ・キャラだったら、ヤスリで削って水着姿にするんですよ。アニメ・キャラに対しては、容赦しないの。
そのアニメ・キャラのシリーズに、実在の芸能人がラインナップされちゃった。しかも、アニメ顔にアレンジされて。俺は、バンダイから最悪のメッセージを受信したね。「君たち、これは南野陽子じゃないから。麻宮サキっていう、"キャラ"だから、好きにしていいよ」と。

だから、こういう仕様になるんです。
090703_07410001左の写真は、パッケージ横より。モノクロで分かりづらいけど、布製のパンツを一枚、着用しているだけ。もう、パンツはモールドではすませない。布製だから、着脱自由。さすがに胸の先端には何もないよね?と思いきや、色さえ塗ってないけど、突起がある……今回、撮影のために開封してみて、そっちの方がショックだった。嬉しくないよ。傷ついたよ。
「対象年齢:10~ADULT」と書いてあるけど、アダルトすぎるだろう、玩具店に置くには。

ようは、道徳心や公共心によってセーブされていたアイドルに対する欲望が、石井和夫氏のアニメ風アレンジとバンダイの量産技術によって、開放されてしまった090703_07420001んだ。布製の服は、脱がせること前提の仕様でしょう。
小さい頃から、リカちゃん人形で遊んでいた女性からすれば、「布製パンツぐらい、当たり前じゃない?」と思うかも知れない。
でもね、俺たち男は、いくつになっても童貞的情動を持ち続けているんだよ。だから、傷つく。ラムちゃんのキットが発売される前、カミソリを送ろうとした童貞テロリストたちの気持ちが、俺には、今、ようやく分かった。

せめて、アイドルには神秘でいて欲しい。俺たちが童貞だった頃、宇宙の真理は、アイドルたちが有していた。男子というのは、脳と股間の直結した単純な生き物なんだ。股間を蹴られた瞬間、脳が破裂するぐらい、か弱いんだよ。
だから、アニメ・キャラを水着姿に改造することに、背徳を感じる。プラモデルに彫刻されたパンツに、怒りと恥ずかしさを覚える――それはね、俺たちの体の中には、宇宙の真理なんて、そんな崇高なものは流れていないという証拠なんだ。
俺たちは、自分の肉体が薄汚く、無価値である事を、ずっと前から、知っている。

いま、ネットを見ていても、ため息が出るほど美麗かつ、エロいフイギュアが並んでいるでしょう。あれは仏像を彫るのと同じで、女性の中に、俺たちケダモノが知らない真理があると信じ、それを顕現させようと努力するから、ああまで美しいわけ。そして、煩悩があるから、パンツまで彫るわけ。
脳と股間でフィギュアを見るとき、俺は信仰に近い情欲を覚える。あるいは、情欲とは、信仰そのものなのかも知れない。性なるものの向こうに、聖なるものがあると、少なくとも俺は信じている。

語りきれなかったことは多いし、連載用に買った商品もまだ残っているけど、ひとまず、この話は、ここでやめておく。

|

« ■同人感覚/シリーズ「人類は、いかにしてプラモデルの金型にパンツを彫りこんできたか」第6夜■ | トップページ | ■大人のジブリ■ »

コメント

 バンダイの「アーマードモノ女の子」のプラモデル、記憶の片隅にありました~♪(むかしのキットを定期的に再販するバンダイも、こういうモノだけは再販しないんだ!)。

 テラセンセとの年齢差というのもあると思いますが(若年時の年齢差のから来る感覚の違いは大きい)、「うわ~、バンダイがガレージキットみたいな”キワモノ”を発売している!」くらいの驚きしか、当時はそれ以上の感想は持ちませんでしたネ~。それ以上は想像できなかったというか。

 むしろ、いまや「一人勝ちおもちゃメーカー」になってしまった今のバンダイと比べると、模型情報誌でもきちんと、ユーザーからのメーカーや製品に対する批判の手紙を載せ、ちゃんと返答していた80年代当時の青臭いバンダイをほほえましく感じます、全肯定しちゃうというか。
(バンダイにかつての「模型情報」みたいなものをWebで作ってくれ、というメールをバンダイに出したことあります。今のバンダイには、絶対に無理なお願いだけど。)

 しかし、リアル系よりも、アニメ顔のフィギュアのほうにコーフンしちゃうのって不思議ですよね。なぜなんでしょう。。。。

投稿: きゃてぃーなかぢま | 2009年7月 4日 (土) 03時53分

■きゃてぃーなかぢま様
こんな不人気記事に、コメントありがとうございます。

>リアル系よりも、アニメ顔のフィギュアのほうにコーフン

似顔絵でもフィギュアでもいいんですけど、リアル系って、鼻の穴はあるし、頬の肉はあるし、眼は小さいし、なかなか可愛くならないんです。
だから、僕らの年代って、リアルな女の子を見ても、頭の中で「アニメ補正」をかけてる可能性があるんですよ。

>「うわ~、バンダイがガレージキットみたいな”キワモノ”を発売している!」

キワモノの真骨頂は、今回の南野陽子じゃないですか?
でも、それぐらい危険なことをやった、という体験は、今のバンダイの中にも生きていて、一種のバイタリティになっていると思います。
今のバンダイも、決して優等生ではないような気が、どこかしてるんですよ。まだ、青臭い童貞スピリットを持っているんじゃないかな。

もうひとつ、完成品が増えたことで、ユーザーの側が受け身になったんですよ。プラモデルは自発的にならざるを得ないから、ユーザーは本気で怒ったりしますけど、完成品だと「しょうがないね」となってしまう。
その生ぬるさが生まれたのが、「スポーン」ブームの10年前ですね。本当は、そこまで書きたかった!

投稿: 廣田恵介 | 2009年7月 4日 (土) 09時15分

コトブキヤも90年前後にポワトリン等の実写系美少女キャラをアニメタッチでフィギュア化していましたね。
原型は林浩己さんあたりだったかと。

それもおそらくバンダイ製「南野陽子」の眷属なんでしょう。

当時は「リアル芸能人を再度アニメ調に還元して、さらに立体化って、なんと複雑な」とも思いましが、アニメキャラ的な抽象性が必要だったんですよね。

横レスですが、「スポーン」ブーム以降の考察も非常に面白そうですね。ってもう終わりなのにすいません(笑)。

だいぶ以前、このブログで「そもそも、かつてオタク趣味はクリエイティブな趣味であった」という内容の記事がありましたが、オタクの態度に変容を与えたのは「スポーン」に端を発する高品質完成品の登場かもしれませんね。

「組み立てる」という能動性が無くなった故に、消費者(というかオタク)は自我との対峙を回避出来るようになり、外部への欲求や不満を無責任に吐き出すようになったのかもしれません。

今回のこのシリーズ、4人くらいの一人として(笑)、非常に楽しく拝読いたしました。続けていただき、本当にありがとうございました。

投稿: べっちん | 2009年7月 4日 (土) 13時10分

シリーズ、大変楽しませていただきました。

この連載はもう是非17、8とかそこらの思春期の青少年が読むべきだと思うので、ニュータイプとかのメジャー誌に連載されたら良かったのになあ、と感じました。

いやあ、良い企画だった。

投稿: 米田京平 | 2009年7月 4日 (土) 14時25分

■べっちん様
ご愛読、ありがとうございました。
なかなか模型文化に詳しくてらっしゃるんですね。「林浩己の功罪」というのも、大きなテーマなんですよね。フイギュアをブルセラ化した(と同時にマスコミに注目させた)のは、あの人だと思うので。

>「組み立てる」という能動性が無くなった
>故に、消費者(というかオタク)は自我と
>の対峙を回避出来るようになり、外部への
>欲求や不満を無責任に吐き出すようになっ
>たのかもしれません。

その通りだと思います。それはプラモデルがどうとかいう問題ではなく、オタク心理が解放されすぎたってことですね。
こういう趣味は、コソコソッと隠れてやるから、深められるんです。ミス日本が「マクロスが好き」なんて発言して、恥ずかしいと思ってほしいんです。秘密を持たない人間は、つまり深みも慎みも痛みも知りませんから。

しかし、限定的とはいえ、ここまで「読者」を意識してブログを書いたのは初めてでしたね。

■米田京平様
うーん……メジャー誌に載ったら、単なるキワモノで終わっていたと思いますよ。メジャー誌なりのプライドもおありでしょうから、こういう不潔な企画は嫌がられます。
ぶっちゃけ、17~18歳が隠れて読むようなエロ雑誌に書きたいですね。

今回のシリーズは、書いてて胸が痛かったです。40代にもなって、フイギュアを笑い飛ばせないんですよ。傷つくのって、大事だと思いました。

しかし、米田さんとべっちんさんのお二人のお陰で、今回は、自分と向き合い、考える時間が持てました。感謝いたします。

投稿: 廣田恵介 | 2009年7月 4日 (土) 15時41分

初めまして。先日、人形改造コンテスト記事を検索していた際に、たまたま(失礼!)立ち寄らせていただき、80年代当時を振り返りながら、シリーズ全編拝読させていただきました。
ラムちゃん、モモ、セイラさん、南ちゃんなど、女性(少女)アニメキャラにはさして思い入れがありませんでしたが、人形改造の延長として、当時(今も、ですが…)ゼロからフィギュアを造形する技術を持ち合わせていなかった者が、手軽かつ安価に入手できる素材として、若干の罪悪感を持ちながら購入した日を振り返る機会をいただきました。
おっしゃる通り、萌えフィギュア文化全盛の今においては、一般には受けない考察ではあろうかと思いますが、メジャーメーカーが「パンドラの函を開けた」あたりから、いわゆる"フィギュア"文化がどのように変遷し、また社会通念に(いろんな意味で)影響を与えてきたか、数多の卓越した造形技術には惹かれながらも、結局、萌えフィギュアの1体も買わずに30年近くを過ごしてきた理由がわかったような気がしました。
まだ考察に対して、自分の考えが十分にはまとまってはいないのですが、(日本が世界に誇る)アニメ文化、フィギュア文化の名の下に、本来日陰の部分でなくてはならないものが、かくなるプロセスを経て一線を越え、今日、一定の市民権を得た一方で、ある意味若者の性認識を歪める一因になっているのでは、いう点で、その裏付を示していただいた貴重な記事と感じさせていただきました。
遅ればせながらの拝読でしたが、書き切れなかった部分も含め、さらなる続編にも期待させていただきます。

投稿: Roma | 2009年12月31日 (木) 03時05分

■Roma様
はじめまして、コメントありがとうございます。

この記事については、1月10日に出す予定の同人誌で、リライトしています。
「プラモデル(模型趣味)が、ここまで欲望直結型になってしまって、良いものだろうか」と、当時も疑問はありました。疑問がありつつも、あらがいがたい魅力があったのも確かなんですね。まず、そういうアンビバレンツな感情が拮抗していたことを、認めたいと思いました。

ちょっと余談めくのですが、先日、子供たちも訪れる中古玩具店で、18禁フィギュアが堂々と売られていまして、そのような環境は望ましくないと思いました。せめて、子供の目に触れないところで、こっそり売るべきだし、こっそり買うのが楽しいんじゃないか?と。

やっぱり、作り手も買い手も、恥ずかしさは持っていて欲しいんですよ。恥ずかしさと格闘しながら、育ってきた文化のはずなので……。

投稿: 廣田恵介 | 2009年12月31日 (木) 15時47分

廣田様
遅くなりましたが、本年もよろしくお願い致します。
リライト記事が掲載された同人誌は私共も入手する事ができるのでしょうか。
差し支えなければ、方法をお知らせ下さい。

投稿: Roma | 2010年1月11日 (月) 12時47分

■Roma様
あけまして、おめでとうございます。
同人誌に関しては、YIV00571@nifty.comまでメールください。お売りいたします。

あと、文学フリマで売ることも考えていますので、よろしくお願いいたします。

投稿: 廣田恵介 | 2010年1月11日 (月) 12時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■キャラ化の果てに/シリーズ「人類は、いかにしてプラモデルの金型にパンツを彫りこんできたか」最終夜■:

« ■同人感覚/シリーズ「人類は、いかにしてプラモデルの金型にパンツを彫りこんできたか」第6夜■ | トップページ | ■大人のジブリ■ »