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2009年5月 4日 (月)

■腐女子化する男子■

『けいおん!』は、作品そのものより、ファンのリアクションを見るほうが圧倒的に面白い。「紬×澪 律×唯 唯×澪あるとおもいます!!」とかね(「HIRAHASHI'S ver.1.3」より)。キャラ同士がちちくり合うムービーをつくったファンもいるようだし……なんか、男同士のカップリングを楽しむ腐女子に、感覚が近くなってきてないか? 『けいおん!』などの女子群像アニメには「異性という主体」が置かれてない、と前から指摘していたが、「レズ」じゃなくて「百合」なのね。妄想の比重が、ビジュアルより関係性に移っているのかも知れない。
腐女子の人は、「性を排除した方が、より純粋に恋愛“だけ”を感じられるんだ」とか言うじゃない。その気持ちは分かるような気がする。だけど、「性を排除する」と言いながら、恋愛劇を演じるのは、結局、異性じゃないですか。そこに欺瞞を感じるんだよね。ようは、細田版『時をかける少女』を見て「俺の高校時代はあんな楽しくなかった、死にたい」と言うのと同じで、自分の性を受け入れられないだけではないのか。普通の恋愛ドラマの対蹠地としてしか、BLや女子群像アニメは機能していないのではないか?
単に、自分の性に自信がないか、肯定された経験が乏しい人が増えてきているだけではないのか?
恋愛とは、「俺が男(オス)であることを認めてください」という承認欲求だから、足りてないのは恋愛経験なのかも知れない。だから、恋愛に対する理想が、天井知らずに高くなっていく。

俺は「RO ある恋の話」が大好きだし、小学校の頃は、肩甲骨の下まで髪を伸ばしていて、女の子に間違われるのが快感だった。男になんかなりたくなかった。今でも、「女性主観のグラビア・ポエム書いてくれ」と依頼があると、そこそこのものは書くよ。
だけど、40年間の人生で、ほんの数回ではあるけど、俺を男として受け入れてくれる異性が現れた。そしたら、少年時代に抱いていた「男になりたくない」願望が、変に薄れてしまったのよ。それが幸福だったのか不幸だったのかは、分からない。結局、ぬる~く屈折してしまったから。

そんな俺だから、『けいおん!』の中に百合幻想を求める人たちを、否定はしません。ただ、「男という主体」を巧妙に排除している自分の態度には、自覚的でいて欲しいかな。
人の心っていうのは自由だから、「男という主体」と「女という主体」、両方を持っていられたら、面白いかもね。創造的に生きられると思う。

恋愛を受けれてもらえる、男として認められて結婚する……ってのは、ゴールじゃないんですよ。ゴールじゃないからって浮気しまくる男は、アニメしか見ない引きこもりに匹敵するぐらい非創造的だ。いくら女から愛されても、屈折すべき人は屈折するんです(笑)! 恋愛を通過すると、い~い具合に屈折すると思うよ。だから、恋愛を怖れてほしくない。
『けいおん!』から、ずいぶん話が飛んでしまったけど、享楽するだけでなく、自分を顧みながら、創造的に生きよう。恋愛もアニメも、屈折も挫折も絶望も孤独も自責も後悔も、ひとつ残らず自分の味方につけてしまおうではないか。


「FM東京、腐ったラジオ!」「FM東京、オマンコ野朗!」 彼は心の自由を守ったんだ。


1989年の放送だ。今のテレビが、いかにつまらないか、よく分かりますね。

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コメント

あるテレビ番組のインタビューで、
「ロックは死んだと思いますか?」
と訊かれた際、
「何言ってるんですか?そんな訳無いじゃないですか。だって私生きてるんですよ?」
と彼は答えたそうです。

数年前に岡田氏が「オタクは死んだ」と講演で語った際に、どこかのブログでそんな話が引き合いに出されてました。
それが非常に印象的です。

投稿: 米田京平 | 2009年5月 4日 (月) 01時43分

■米田京平様
さすがは、米田さんですね。彼の死について、しめじめと「ご冥福をお祈りします」と言っている人たちは、自分からは何もする気がないのでしょう。
『けいおん!』の話題の後に、この映像が来たのは全くの偶然ですが、「ギター(それがレスポールでも何でも)を持てばロックンロール」ではないことも分かっていただける気がします。

最近の記憶で言うと、アニメで「ロック」をやっていたのは『鉄腕バーディー:02』ですね。
あと、今の日本で大麻を合法化しても、あんまりいいこと無いんでしょうね。

投稿: 廣田恵介 | 2009年5月 4日 (月) 02時19分

 
こちらでははじめまして。

『けいおん!』からタイマーズへの
予想外のコンボに、思わず朝から
ニンマリしてしまいました。
 
そんなものは幻想にすぎないのだと、
嫌になるほど思い知らされているのに、
それでも

「分かり合えてる」

って言う錯覚を信じたくなってしまうのは、
やっぱり、それがとても気持ちがいい
ものだからなのでしょうかね。

投稿: 杉本晃志郎 | 2009年5月 4日 (月) 07時42分

■杉本晃志郎様
コメントありがとうございます。
気持ちいいことって、やっぱり誰にも邪魔されたくないんですよね。享楽する一方のほうが楽ですし。
ちょっと『けいおん!』には、その匂いがします。真っ向から反論しない。分からない奴はバカってことにしてしまう。

「分かり合えてる」と信じるには、それなりに対価が必要なんですよね。だけど、対価も払わずに信じ込みたい人が多すぎる……抽象的になってしまいましたが、そんな状況に慄然とするのです。

投稿: 廣田恵介 | 2009年5月 4日 (月) 11時37分

世のなかに性を売り物にした産業 単に、恋愛といったカテゴリーとは別物だといった常識から…やはりお膳立て抜きの心の交流が無くては何一つ空虚と考えるのは私が古いからでしょうか…潔癖症だからでしょうか…?

私にとってもどちらかというとそれほど恋愛経験が多いわけでもないけれども、やはり対等な立場での異性との交流って、つまり人生を学ぶことだと思っているし
付き合える立場になれる異性が現れてもフィーリングなどの関係で半年以上付き合えれるような合った異性に出会える確立は少ない割合だったりします。
単にセックスの対象、性のシンボルとしての対象でしか異性を見るような日常を送るのも選択肢だけれど、心での交流から入っていってそのあたりを重視している お子様的恋愛体質の僕にとって現実の特に都会的いわゆる大人的な異性観には付いていけない気がします。

文化が世のなかを作り変えている
だったら進むべき方向は何でもありって気がする
だったら現実を批判する材料は無い。

異性観に対しての価値観も幅が広がっているそんな気がする現代…
その上で性産業やそれらに類するものは恋愛とは全く関連性の無い別物だと思う。

投稿: hideaki | 2009年5月 6日 (水) 16時10分

■hideaki様
確かに、セックス産業は恋愛とは別物だと思いますよ。それは子供じみた考えでも何でもありません。
説明が難しいのですが、そういう産業、プロセスの中で、恋愛に使うような駆け引きが生じるんです。脳の中の、恋愛に使う部位を作動させる、とでもいうのかなぁ……。そこが面白いんです。

でも、そういう産業に携わっている女性の中には、本当に絶望的な体験を経てきた人もいる。そういう人たちと出会うことも、勉強だと僕は思います。

投稿: 廣田恵介 | 2009年5月 6日 (水) 16時55分

アニメに限らず娯楽全般が享受者に対して
リスクを感じさずにリスクを巧妙に隠す作品が増えている印象です。
それが享受者をより一層受身にさせてる気がします。
最近「この作品は自分を楽しませないからいけない」なんて言葉が聞かれる位です。

けいおんはこの流れの最たるもので、男に良くも悪くも都合よくできていて感心します。
ただ楽しく感じる部分以外にも、そこで隠される負の側面にも注目して
廣田さんの仰るとおり、負の部分も含めて、自分に全て取り入れる気概は持ちたいです。

投稿: ohagi | 2009年5月 7日 (木) 10時21分

■ohagi様
『けいおん!』を楽しんでいる人たちには、ちょっと水を差したくなるんです(笑)。まんまと乗せられてることぐらいは、自覚していて欲しいんですね。

>リスクを感じさずにリスクを巧妙に隠す作品が増えている印象

そうですね、明らかに「操作」を感じます。
ちょっと話の方向性が違うかも知れませんが「こんな作品を見てたら、他人からバカにされるかも。でも、俺は好きだ」という後ろめたさは大事な気持ちではないかと思うのです。今は、祭で盛り上がれる作品=いい作品みたいになっていますよね。
それは、作品を「好き」とは、ちょっと違う気がするのですよ。

投稿: 廣田恵介 | 2009年5月 7日 (木) 13時32分

祭りという意味では今のアニメの消費速度は早いです。
今ではとらドラ!の話をする人はいなくなり、けいおん一色ですから。

本当に「好き」というのはその対象の
嫌いな所や駄目な部分も含めて「好き」だと思います。
だから気持ちの良い所だけを享受する風潮が強い事には
「ちょっと待てよ」という気持ちですね。

NHK教育で「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」という
アニメをやっていて、いい年した大人が見るには
非常にまずいアニメですが、こうしたリスクを引き受けるのが
重要ではないかと思います。

投稿: ohagi | 2009年5月 7日 (木) 14時54分

■ohagi様
>「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」

ちょうど、女児向けアニメを好きな人たちってどうなんだ、という話をしたいと思っていました。ずっと昔からいますよね、女児向けアニメ・マニアは。
確かに、成人男性が女児向けアニメを見るのは倒錯的で、それゆえに社会の厳しい目に晒されます。しかし、そういう面では、彼らは「社会との接点を保っている」と言えるわけです。

逆にソフトを買ってくれる購買者として囲われている深夜アニメ・ファンは、「お客様」として、社会から保護されているわけですね。逆風がないんです。
そして、好みが1クール単位で推移して、どんどんソフトを買ってくれた方が、メーカーにはありがたい。だから、今のアニメは「早く分からせる」「考えさせない」「1クールだけ話題が持てばいい」となっています。
商売としては、それが正解……というのは、『けいおん!』の予約数を見れば分かりますね。

投稿: 廣田恵介 | 2009年5月 7日 (木) 16時34分

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