« ■咲の呟きに、キュンとくる■ | トップページ | ■30年スパンで見よう■ »

2009年4月21日 (火)

■ぬるヲタの発生■

先週、ちょっと年上の人や、やや年下の人と「70~80年代のアニメ界隈の熱気って、何だったんだろうね」という話をしたので、思いついたことをメモ。

僕が最初にアニメ・ファンを目撃したのは、1977年だったと思う(当時10歳)。吉祥寺のレコード店で、『宇宙戦艦ヤマト』のLPが飛ぶように売れていく。しかも、高校生や大学生のお兄さん・お姉さんが競い合うように買っていくのを見て、「僕たち子供のアニメを、大人たちが奪って行ってしまうのか」と、なぜか寂しい気持ちになったのを覚えている。
実はその時期、制作者とファンが一体になってブームを作り上げていったことを、後に文献を読んで知る。当時は、ロマンアルバムが『海のトリトン』や『レインボー戦隊ロビン』など、『ヤマト』以前の作品を積極的に発掘していたのも興味深い。サントラでも、古い作品の音源を新規発売するのがメインで、B06a887968290eee04f3cdf1fc2f445f 本放送中に『ガンダム』のLPが出ると知ったときは「あっ、ついにリアルタイムでアニメのレコードが出る時代になったのか」と驚いたものだった。現行番組のソフトが大きな商売になりはじめたのは、その頃だと思う。
それまでは、過去作を再評価するのが当たり前だった。だから、アニメ好きのお兄さんたちは、みんな物好きであると同時に、勉強熱心なインテリだった。子供の見るべきものを、大人が大真面目に評価することのカッコよさ……と同時に、恥ずかしさも本人たちは感じていたんじゃないだろうか。

さて、やっぱりライト・ユーザーが発生しないとムーブメントは起きないわけで、『ガンダム』劇場三部作公開の頃には「ぬるヲタ」がいた。セイラさんの裸にしか興味がないような連中が。だから、81年ごろか。薄いアニメ・ファンが大量発生したのは。
Lana『未来少年コナン』のラナを好きな人たちってのは、濃かったんだよ。業が深かった気がする。セイラさんの入浴シーンが好きなヤツラは、もっと即物的だったし、ようするにハダカなら何でも良かった。
だから、80年代半ばには、もう「ぬるヲタ」向けの美少女アニメが一大勢力を築くほどになっていく。かつては学術的な匂いさえ漂っていたアニメ趣味が、下半身優先主義の「風俗」になった。だから、80年代は黄金時代だったんだけど、それは下半身に優しい黄金時代でもあったわけ。アニメ・ブームを支えていた熱気は、実は案外、よこしまな、下世話な情熱だったんじゃないか。
僕がいま感じている「歪み」の萌芽は、おそらく80年代に芽吹いていたのに違いない。片目ではなく両目を開けて、我が愛しの80年代を断罪せねば、「今」は見えてこない。


本当にひさびさに、日本映画を見た。谷村美月がオバケ役で主演している『死にぞこないの青』。当たり前のように「ホラー」の棚に置いてあった。一応、現役アイドルというか、アイドル誌でページ持ってる谷村美月なのに、扱いがジェイソンやフレディと変わらないというのが凄い。
090420_00260001谷村がオバケを演じるのは、『東京ゾンビ』『おろち』に続いて三度目だし(幽霊役も入れると四度目)、やや眠たい映画だった。面白いのはむしろメイキングで、特殊メイクで幽霊「アオ」に変身した谷村に、子役たちが「怖い」「鳥肌が立つ」など、罵詈雑言の集中砲火。そのシーンは、さすがに谷村が可哀想で、グッときます。こういうシーンを、映画の中に入れてほしかった。
学校という画一化された社会の中に、アオという異形の存在が侵入する物語だったら、少しは興味をかき立てられたと思う。ここまで谷村の顔を醜くしたんなら、タブーに触れるような映画にしなきゃダメでしょ。

|

« ■咲の呟きに、キュンとくる■ | トップページ | ■30年スパンで見よう■ »

コメント

「歪み」を見つけた。。。まるでガンダム00のテーマみたいですね(^^;

 企画・構成から、そこで使われる音楽・ファッションに至るまで、80年代で構築された枠から抜け出せないでいますね、アニメは。

 もっとも日本のアニメに限らず、例えばアメリカのポップミュージックも、60~70年代の試みや実験を過ぎて、80年代に商業的に完成されたスタイルが、今のほぼそのままです。ハリウッド映画なんかも、だいたいそうじゃないかと。


 今川監督の「真マジンガー」が話題になっていたので、ちょっと見てみました。シンプルな活劇を期待していましたが、くどいというかテンポが悪い感じでちょっとがっかり。70~80年代のリメイクをしつつ、新しいテイストを出そうと奮闘していた、90年代の作りに近いという印象でした。付け足すことに躍起になっていて、肝心の見せたい本質が何かがブレて来てしまった時代ですね。

 どのスタイルのアートもそうですが、黎明期→成長期→黄金期→衰退期をたどるモノなのでしょうね。。。


 新しいモノはもう、我々の中から出ないのかもしれません。最近、ふとそう感じます。
 日本文化ブームは、今まではたいてい、アジア+北米くらいのものでしたが、最近、イスラエルとかルーマニアとか、われわれがノーマークな国々でその萌芽を目にすることが出来ます。
 例えば、ルーマニアのギャルが、日本人である私をスルーして、タイのギャルに日本のドラマの話をして盛り上がっていたりするのを目撃したりします。しかも相手を「お姉様」(←ここだけ日本語)と呼んでいたり。。。。
「待て待て、新鮮な日本の話題は、日本人にきくのが先だろう!」と思っているのは、時代遅れの私だけだろう、と痛感したりしますね。
 

 10年後20年後に、それがどう芽生えるのかは楽しみデスね。。。。

投稿: きゃてぃーなかぢま | 2009年4月22日 (水) 01時59分

『死にぞこないの青』は映画館で観ましたが、そんなメイキングがあるならDVD借りてみようかな。
俺はこの作品、単独でも面白かったですし、谷村嬢が自ら『おろち』のアンチテーゼを演じていると解釈して、さらに面白く感じました。共感してもらえるかどうかは別にして、俺はこの解釈が気に入っています。

投稿: 490 | 2009年4月22日 (水) 22時06分

■きゃてぃーなかぢま様
>新しいモノはもう、我々の中から出ないのかもしれません。

そうは思わないから、こういうブログを続けているのだし、アニメを見つづけているのです。
愚痴ることは、歳さえとれば誰でも出来ることじゃないですか。若々しいきゃっとさんらしくないですよ。

■490様
役としては、『おろち』より『死にぞこないの青』の方が谷村にフィットしていたし、メイクも含めて思い切りの良さを感じました。アオのデザインも秀逸でしたよね。若いうちに、これだけキワモノ路線を走った女優は他にいないでしょうし、もうこの路線は十分でしょう。
『海の上の君は、いつも笑顔』は映画館に行くつもりです。谷村美月の再スタートになると思いますよ。
(『死にぞこないの青』のメイキングは、アオのメイキャップ・シーンだけで3分も収録されています)

投稿: 廣田恵介 | 2009年4月22日 (水) 23時08分

>新しいモノはもう、我々の中から出ないのかもしれません。
 いや、この発言は後ろ向きとも言えると同時に、前向きでもあったりするんですよ、禅問答のようですが。

 「時は永遠です。なぜなら明日は誰でもいなくなるからです」と生前言っていた、私の両親の師匠の言葉が、最近、気に入ってます。
 短歌をやってる、私の両親の師匠は線が細く病弱で、そこにいるのかどうか気がつかないような、影の薄い人だったんです。
 たまたま最近、その師匠の歌集を読んでみたら、静かでありながら社会や既成概念に反逆ののろしを上げる、パルチザンのような人だと分かったんです。
 ですので、前述の言葉は決して、彼の弱音じゃないと思いました。

 外圧に期待するのも、そんなに悪いことでもないと思います。
 滅ぼすことも出来たのに、皇族を滅ぼさなかったという、世界でも驚異的にまれな国の日本ですから、この国は外圧がないと変われないんじゃないかと。

 外国人児童の中高生に勉強を教えるボランティアをしたことがあるんですが、みな日本の子供よりも純粋で熱心でした。「私は中国人なんだから、数学が得意なのは当たり前じゃない」と言い切る彼ら。そういうのを聞いて思わず、「君たちが大人になったら、この国を支配してやってください」と言ってあげました。
 このことは、アニメを見ているくせに、「三度の飯よりアニメが好きですよ」と言い切ることの出来きないヌルオタ構成員にも、見習って欲しいですね。

 マンガ『火の鳥』の登場人物・我王の台詞を借りれば、「わしは乗っ取るほうの力が好きなんじゃよ」という感じでしょうか。

 長文、失礼しましたm(_ _)m

投稿: きゃてぃーなかぢま | 2009年4月24日 (金) 19時21分

■きゃてぃーなかぢま様
>アニメを見ているくせに、「三度の飯よりアニメが好きですよ」と言い切ることの出来きないヌルオタ構成員

確かに、アニメ・ファンは自信をもって言い切ることが苦手な気がします。でも、お客様気分だけ育まれてしまったので、文句は多いんですよね。

ちょっと話はずれるのですが、他国に日本が占領されるという設定が、アニメや漫画では普通に使われますよね。そんな設定を嫌がるかというと、リアルに感じてしまっている僕らがいます。
政治もはるか遠いところで行われていますし、いつの間にこんな骨抜きにされちゃったのかな、と自分を顧みても感じます。実は、70年代の日本の教育は熱かったんだ、という話を友人から聞かされたりもしましたが……

僕も勉強不足なので、いろいろ考えさせてください。

投稿: 廣田恵介 | 2009年4月24日 (金) 19時55分

日本においてアニメの業績というのはあくまで導入部に過ぎない感じがします。
アニメというのはあくまで選択肢にすぎないし
当然日本のメディアにもハリウッド的役割を持たせることも無理な考え方ではないのです。

むしろアニメとか80年代を中心としたサブカルチャー的な価値観で日本の文化を論じてはいけないし、何より実写映画の技術的な面でデジタル優先化が映画制作における日本の超えるべきハードルをぐっと下げてしまっている感じがします。
多分ゲームメディア自体の日本の波に乗るタイミングの良さが、そういった過去が日本の映画産業の追い風となっている、そういった産業を生む土壌がアニメ文化だとしても、子供は完全に親のコピーではない。

ここ数年の日本映画の特に技術的な面において可能性を感じさせてくれる
ただ、その中に70、80年代のアニメ文化の匂いが少し垣間見れるのはやや興味深いが…子供はいずれ親を超えていかなければならない。

投稿: hideaki | 2009年5月 6日 (水) 16時27分

■hideaki様
すみません、私の理解が悪く、どうレスポンスしたらいいのか分かりませんが……。
日本のアニメというのは、異常なメディアだと、僕は思っています。ちょっと変な方向へ特化しすぎているのではないかと……だから面白いんですけどね。

それで、『千と千尋の神隠し』がオスカーを獲得しましたけど、それもやっぱり変わった文化だから(ハリウッドにないものだから)だと、僕は思います。

それから、最近の日本映画に70~80年代のアニメの匂いが感じられるとしたら、彼ら映画人の映像原体験がアニメだからでしょう。アニメは、かつて、そこまでポピュラーな文化だったのです。
的外れなことを言っていたら、すみません。

投稿: 廣田恵介 | 2009年5月 6日 (水) 17時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■ぬるヲタの発生■:

« ■咲の呟きに、キュンとくる■ | トップページ | ■30年スパンで見よう■ »