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2009年3月16日 (月)

■何も代表しないものが00年代を代表する■

グレートメカニックDX8 本日発売
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●グレイス・パーク グラビア
●「ギャラクティカNOW Vol.4」

まずは何といっても、コレでしょう。カラーグラビアには、世界初の「ギャラクティカ・ポエム」を書きましたからね。そのポエム付きのグレイス・パークのグラビアがカラー4ページ。そして、インタビュー記事がモノクロで4ページ。それに加えてシーズン3の特集が3ページ。『ギャラクティカ』だけで計11ページある(笑)。

●グレメカ人生波止場 第二回 赤根和樹
前回の荒牧伸志さん、板野一郎さんに続いて、今回は『鉄腕バーディー』プッシュの意味も込めて赤根和樹さんにご登場願いました。サンライズでの下積み時代からサテライト三部作、そして『バーディー』までの流れをじっくり聞いてきました。

●オヤヂ酒場
藤津亮太さんと昼間のカラオケボックスでの雑談。このコーナーも連載4年目に入りました。お題は、最終回の近い『ヴァイパーズ・クリード』と『RIDEBACK』。

●ホビー大作戦
ひさびさにプラモ作りました。『マクロス』プラモ特集とのことなので、何の迷いもなくバルキリーⅡを選択。なぜか『マクロスⅡ』とはご縁があるので。


しつこく、『鉄腕バーディー:02』第7話の話題。藤津亮太さんのブログ、藤津亮太のただいま徐行運転中で、「いまさらながら「DECODE02」第7話の件で恐縮です。」というタイトルの記事がUPされています。もうあちこちで取り上げられていますね。第7話に関しては、僕なんかより格上のオーソリティーの発言を待っていたのですが、さすがに長期的なものの見方をしているな、と感心させられます。
もし第7話に「結論」があるとしても、それは何年か後で発見できればいいんじゃないの、と僕は思います。かなりあちこちのブログを見て回ってみたのですが、知っている言葉で早急に片づけようとしている人が多いような印象を受けました。「知らないから、これから調べてみよう」という探求の旅に出る人は見かけなかったような……「批判している奴らはアニメーターの仕事を知らないようだから、この神作画MADを見よ」という「肯定派」も結論を急ぎすぎているし、「アニメーターが悪いのか、それを許した監督が悪いのか」レベルの犯人探しと変らない気がしました。

未知のものに出くわした時、それを理解するための材料は、おそらく、うんと遠いところにある。時間がかかってもいいから、そこへ辿りつこうという人は、今は少ないのかな。
とりあえず、僕は藤津さんのブログに書かれていた映画『ミュンヘン』を見ます。


あと、ちょっと前の記事だけど、カゼタカ2ブログchの「とうとう00年代を代表するアニメが出なかった件」が、面白かった。何が面白いって、スレッドの最後に「つーか分散化しすぎているからこの先昔ヒットしたような流れにはならないんじゃね?」と答えが書いてあるところ。映像そのものを売り続けなければならないビジネスになった時、ジャンルが細分化するのは、もう宿命づけられていたような気がする。隣の人が、どんなアニメを見ているか、無関心になって当然だと思う。
俺としては『空の境界』を最も00年代的なアニメとして挙げておきたい。あれは、「知らない人は見なくても結構」というスタイルで貫かれているから。「出来るだけ大勢の人に見てほしい」という大原則に背を向けて、「無関心」というバッファを送り手自ら意識しているのは凄い。豪胆だよね。俺たちが「興味ねーや」と切り捨てているフィールドに、やけに熱い客が存在している。客サイドから見れば、俺たちこそが「無関心」の中にいるわけで、両者の接点なんか最初から想定してない。
「隣の客が何を見てようが、関係ないじゃないか。君がこの作品を見ていることが世界で一番大事だよ」という作り方、見せ方を貫いているのが『空の境界』。

ようするに、何も代表しないものが00年代を代表するんだろうね。それは、ある時代を「代表する」という概念そのものが、世の中から求められなくなったからだろう。
『もののけ姫』の時は老若男女、分からないなりに話が成立したと思うんだけど、『崖の上のポニョ』は果たして世代を越えて共有できるものなのか? ネットの影響もでかいと思うんだけど、確実に僕らは何かを失ったね。その分、巨大な何かを得ているはずなんだけど、それが何であるかは、まだ分からない。

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コメント

言葉としてまとめられないけど、たぶん、ピクサーアニメなんだと思う。『Mr.インクレディブル』とか『カーズ』とか『レミーのおいしいレストラン』って問答無用で面白いし、深読みとは違うエスプリも利いてるんで時間を置いて見返したときの発見は、ものすごくあると思うし。きっと、10年後、20年後に、いまの子供達に好きだったアニメある? って聞いたら、オピニオンな人も、そうでない人もピクサー作品のタイトルを結構あげんじゃないでしょうか。まぁ、日本のアニメ好きには寂しい気もするけど、でも、そんだけのモノがあると思う。ピクサーアニメには。

投稿: 渡辺トモヒロ | 2009年3月16日 (月) 01時52分

■渡辺トモヒロ様
紹介したブログというかスレッドの文脈は「オタク史的に、00年代には記念碑的作品がなかったよね」ということでしょう。「子供の頃、好きだったアニメある?」視点で言えば、ピクサーが入ってくるでしょうけど、複雑な気分ですね。何かのアンケートでオールタイム邦画ベスト1が『三丁目の夕日』だったので唖然としました。今の人って、クロサワ見ないんですよ。受け手がそんなんで、半世紀後に残る作品あるのかよ、と思ってしまいます(国内作品の話ですが)。
『時をかける少女』が毎年のように地上波放送されてるのが、ちょっと嬉しかったりはします。あれはオタクの末裔たちから支持を受けた作品だと思うので。

投稿: 廣田恵介 | 2009年3月16日 (月) 02時26分

アニメだけじゃなく、若い人の消費志向そのものが「何もしない」のがトレンドなようですよ。

映画も代金を払ってまでは見ず、本も読まず、音楽はレンタルかネットで落として聴き、旅行にも出かけず、クルマも乗らず、コレクションの趣味もなく、ファッションはユニクロで、食い物はコンビニかファーストフードで済ます・・・。「趣味はナニ?」って聞くと「貯金!」って答えちゃうような子が結構多いです。

若者文化の牽引役がこれですから、00年代からムーブメントを作るような強烈なインパクトを持った作品/商品が生まれなかったのも当然なのかも。

経済や産業が斜陽化しつつあるのと同様に、文化も衰退が進んでいるようです。まあ、私ら古い世代は、90年代以前に作られた素晴らしい財産を知っているわけで、それらを取り崩しつつ残りの人生を楽しむのもありかも。未来との決別というわけですね(笑)。

アニメや映画を含む、消費文化の黄金期はもはや終わってしまったのかも・・・。

投稿: ドラゴン山崎 | 2009年3月16日 (月) 11時31分

■ドラゴン山崎様
電車に乗っても、みんなまず、ケータイをパカッと開きますもんね。ケータイ一個ですべて済んでしまう。
確かに、消費文化のピークは過ぎてしまったんでしょう。不況下ならではの面白い現象もあるし、インパクトを持った作品がないわけではない。しかし、それが世代全体に波及していくわけではないんですよね。「面白いから広めよう」という態度そのものがない。

「何もしない」のが得、というのは一種の処世術だと思うので、責めようとは思いません。ただ、嫌がらせのように「昔は良かった」と言いつづけよう、と最近思うようになりました。

投稿: 廣田恵介 | 2009年3月16日 (月) 11時57分

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