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2009年2月 8日 (日)

■三鷹にメイド・キャバが出来た■

僕は滅多に人様の文章を転載しないのだが、西田シャトナーさんの日記にグッと来たので、以下に拝借します。
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『ギャラクティカ』 。
エピソード#215『傷跡』を、繰り返し、再生してる。
スターバックの優しく悲しい目を、
何度見ても泣かされる。
無口なホットドッグを、頼もしく思う。
ヒロっていい奴だなあと思う。
サイロンの「スカー」の憎しみを、
不当だとは思えない。
小惑星群の宇宙を、
太陽光線に照らされて飛ぶバイパーを、
もはや架空のものとは思えない。
粉々になるスカーを見て、
「いい気味!」とは思えない。
スカーを倒して歓喜するキャットを、
責める気にもなれない。
「カヴァティーナ」のメロディーの中、
スターバックとヒロがスパーリングするシーンで、
僕は、熱くて静かで、悲しくて幸福な、そんな気持ちになる。

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この文章には、西田さんの重ねてきた人生が自然ににじみ出てきている。感想だとかレビューだとかは、本来そうあるべき。「自分」を棚上げした、頭のいい文章からは何も感じられないが、西田さんの文章には西田さんだけの体温を感じる。

まったく関係ない話題で恐縮だが、三鷹にメイド・キャバクラが出来たらしい。
090207_17130001以前は普通のキャバだったはずなのだが、全面改装して新規オープンしたようだ。隣駅の吉祥寺にはメイド居酒屋「ファンシーキャット」があり、よく接待に使っていた。とにかく、業界の人たちが珍しがってくれるからだ。

だから、本気で来ている男性客たちとは、確かな温度差があった。
メイドの格好をしたがる女の子たちも、メイド女子に群がる男たちも、いわば記号を介して繋がっている。就業時間が終わり、メイド服を脱ぎ捨て普段着に着替えた彼女たちは――実際に吉祥寺の路上で会ったことがある――、見るからに身軽で自由そうだ。その「自由」を怖れる心理。「普段着」の女の子と向き合えない劣等意識。それこそが「オタク」である。オタクとは、心の一形態なのだ。
どこかにオタクが「居る」のではなく、誰かがオタクに「なる」のである。メイドが好きだからオタク、なのではない。メイド服を介してしか女の子と触れ合えない心のあり方が、オタクなのである。
僕に言わせれば、陳腐化した記号に頼ってしか女の子と接し得ない状況は、もはや撤退戦である。袋小路に追い込まれていると言ってもいい。いわば、「メイド好きのヲタ」という鋳型に自分を当てはめないと、自我を保てないのだから。

オタク状態というのは古傷のようなもので、いつ疼きだすか分からない。歩いて数分のところにメイド・キャバクラがオープンしてしまったのだから、通いださないとも限らないのだ。ただ、僕は必ず聞くと思う。「なんで、メイドの格好してるの?」「普通のキャバじゃダメなの?」と。自ら選びとる自由を手にしていること。それが「オタク状態という不自由」を楽しむコツではないだろうか。

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