■十三経由、よつばと行き■
本年最後は、やはり谷村美月で締めくくりたいと思い、初公開から2年、ようやくDVD化された『かぞくのひけつ』を借りてくる。
「大阪限定公開のご当地映画」程度の認識しかなかったんだが、十三にある第七藝術劇場の復活記念映画だったのか。十三の町を自転車で走りぬけ、ついにはボーイフレンドをラブホに連れ込む谷村美月。またしても、そういう役か……でもまあ、何となく納得。というのはねえ、僕は十三に立ち寄って、一時間と持たずに逃げ帰った人間だから。
「今夜は十三に一泊して、キャバクラを何軒かハシゴしてみるかな」と思ったんだけど、店の数がハンパでない。櫛比している、とはまさにこの光景。路地を曲がると「おっ、こんな所にもキャバが一軒」とか、そういうレベルじゃない。通りに面してビッシリですよ。まだ昼間だったんだけど、とても身が持たない気がして、あわてて新幹線に飛び乗ったのであった。
キャバ好きの(はずの)オヤジが尻尾をまいて逃げ帰るような異界をだな、谷村美月は当たり前の顔をして駆け抜けるわけだよ。『かぞくのひけつ』の前年が『カナリア』か。あれは援交少女の役だったからな、十三ごとき谷村にとっては通過駅でしかないわけだ。この軽~く頭上を飛びこされる感じが、十代の女優を追いかけていく醍醐味である。
先日、知り合いから『よつばと!』の第二巻(古本)を「あげます」と渡された。「きっと、第一巻が読みたくなりますから、自分で探してください」。ブックオフを二軒回っても見当たらず、駅の反対側の小さな古本屋に行ったら、待ち伏せしていたかのように第一巻だけ置いてあった。この漫画は、自分の心の柔らかい部分に刺さってくるので、何となく避けてきたんだけど……。「ランカ・リーの髪の毛が緑なのは、異人である証」というようなことを、以前に書いたと思う。この漫画の表紙や裏表紙を見ると、他のキャラの髪の毛は黒や茶なのに、よつばだけ緑色なんだよな(植物がモチーフだから、と言ってしまえばそれまでだけど)。
こういう異人のことを、俺は心の中で「ぬいぐるみ」と呼んだりしている。ぬいぐるみは、家の中で一番愛らしい存在なんだけど、生活の役には立たない。その代わり、投げても抱きしめても文句を言わない。第一巻の最後で「あいつは何でも楽しめるからな」「よつばは無敵だ」と断言されてるでしょ。よつばは「ぬいぐるみ」なわけですよ。しかも、この作品は「家」、つまり大人の論理がきっちり描かれている。本来、「家」は「ぬいぐるみ」がなくとも機能する。よつばが存在しなくても、作品世界は成り立つ。でも、わざわざ「ぬいぐるみ」を中心に据えることで「家」を綿密に描かざるを得なくしている。
なんでそんな作品が必要かというと、この世というのはデフォルトでは面白くないから。よつばが可愛ければかわいいほど、世界の欠損が明らかになっていくように、僕は感じる。
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