■酔々の朝■
カラオケのメンバーと別れて、歌舞伎町の深部へ行く。
一人になるとすぐ、ネズミ男そっくりの客引きが寄ってきた。
「お客さん、キャバクラは?」
「いくら?」
「この時間なら、4千円にしときますよ」
もう、午前5時を回っている。星の眠る刻限である。
案内された店は、もう店を閉めていた。「大丈夫ですよ、もう一軒ありますから」 ネズミにせきたてられるようにして、路地裏をゆく。雑居ビルの四階、ネオンの消えた店に案内される。もちろん、客は僕一人だ。
カウンターに座っているボーイは、計算機片手に苛立っている。片づけたばかりのアイスペールに、また氷を入れなきゃならないからだ。
横に座った女の子は、「どんどん飲んで」と話もそこそこに、酒ばかり継ぎ足す。こりゃ何か企んでるな、と思った頃、
「ねえ、ホテルに行かない? 4万円でいいよ」
おいでなすった。
「お客さん、どうするんですか? 早く決めてよ」
とうとう、ボーイが怒り出した。
「一人で帰るよ。確か、3千円でいいんだよな?」
「どうして、そうなるんですか! 4千円です!」
殺伐とした思いで店を出ると、いつの間にか知らない通りを歩いている。まるで聞いた事のない地下鉄の駅しかない。とにかく、知っている駅に出ようとホームの路線図をにらむ。まばらな客は、疲れきったホステスばかりだ。皆、うんざりした顔で、客か恋人にメールを打っている。
12時間後。
取材のため、中央線の小さな駅で編集者を待つ。近くの女子大に通っているらしい学生の会話が、耳に飛び込んできた。
「ありがとう、話してくれて」
「ううん、こちらこそ聞いてもらって、嬉しかった」
「私なんかでよければ……何の解決にもならないかも知れないけど」
「そんなことない。私、たくさん泣いちゃったね。ごめんね」
振り返って見てみると、彼女は満面の笑み。パチン! 泡が弾けるように、一気に酔いが覚めた。
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