■ドイツ戦車、吉祥寺怪人、宮崎アニメ■
どうも本格的に宮崎スイッチが入ったらしく、大日本絵画発行の『泥まみれの虎』を衝動購入。エストニアの農村で戦ったドイツ戦車兵の手記を原作に、宮崎駿が現地取材と膨大な想像力を駆使して漫画化した労作。想像力ってのは、知識という裏づけがないと説得力を持たないんだと痛感した。『ポニョ』を「子供レベルの想像力」だと思っている人は、宮崎駿が偏執的とも言える「現実観察主義者」であることを知らないんじゃないだろうか。
もっとも、この本の後半に収められた『ハンスの帰還』には、民間人の女の子が登場。なんと敗走する戦車の指揮をとってしまう(四号戦車の断面図に女の子が座っている図解は、なかなか倒錯的)。明らかに妄想なのだが、くだんの女の子はとっさの判断で真っ赤なスカートを脱いで、追撃してくるソビエト機に向かって赤旗のように振る! やっぱり、知識の上に乗っかったギャグとエッチは味わい深い。
この本の編集は、卯月緑さん。誰あろう、『立喰師列伝』で月見の銀二を演じた吉祥寺怪人さんである……というより、編集者の小泉聡さんといった方が僕はピンとくる。僕が粘土でオリジナルデザインのクリーチャーを作っていた頃(高三~浪人にかけて)、「今度、モデルグラフィックスの編集部に遊びにおいでよ」と声をかけていただいた。その数年後、ある映像企画を持ち込んでいる頃、「小泉聡という人に見せてみたら?」と言われ、吉祥寺の事務所にて再会を果たす。企画はモノにならなかったけど、別れ際に熱く励まされたのを覚えている。
『泥まみれの虎』には舞台となったエストニア~ドイツ旅行記も収録されている。いいお仕事に、また励まされました。
さて、『ポニョ』のメカ描写といえば、ポンポン船。あれを動かすプロセスに手を抜けないのが、宮崎駿という人。現代の話だからラジコン船を出す、なんてくだらないことは絶対にやらない人なんだ。
先日、「キャラが可愛いから、みんな宮崎アニメを見たがる」と書いたけど、マーケティング とかじゃなくて、天然で万人受けするキャラをつくってきてしまったのが宮崎駿(むろん先達たちのセンスを吸収しながら)。『ブレイブ ストーリー』を取材した時、フジは「このアニメには女の子が出てこない」と焦りの色を濃くしていた。冗談抜きに、僕は「可愛い女の子キャラが出なかった」ことが『ブレイブ』のかなり大きな敗因だと思っている。それを公開前に察知したフジも、さすがと言わざるをえない。
しかし、キャラの絵ヅラというのは長年の技術の蓄積の上に成立しているので、とてもじゃないが宮崎キャラの絵は、新参者には模倣できない。面白いよねえ、アニメの世界って。
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コメント
まだアートボックスに居た頃の小泉さん。
私の連載を楽しみにしているとの事ですので聞いてみました。
いままでの私の作品では何が印象に残ってますか?
(長考の後)・・・ブロンソンかな。
ええ〜!?
なんでそれなの?
投稿: 平田英明 | 2008年8月18日 (月) 22時18分
■平田英明様
どうも、ご無沙汰してます。
小泉さんってルックスがどんどん変わっていったと思うのですが、アートボックス時代は黒づくめでしたかね。
>(長考の後)・・・ブロンソンかな。
笑いましたけど、それは小泉さんなりのギャグでしょう。
模型誌の編集者は、多芸多才な人ばかりですから(20年ぐらい前の印象ですが)。
投稿: 廣田恵介 | 2008年8月18日 (月) 22時52分
>『ポニョ』を「子供レベルの想像力」だと思っている人
映画未見で言うのもなんですが、それはまんまと宮崎監督の術中に嵌ってると思いますね。
NHKの番組見ましたが、5歳児がどう作品を受け取めるかというその1点にこれ以上なく心血を注いでいる。
対象の目線にしっかりと立つことが出来た、何よりの証拠ですよね。
今やってるイベント終わったら、じっくり見に行こうと思っています。
投稿: てぃるとろん | 2008年8月19日 (火) 03時29分
■てぃるとろん様
イベント入場者1,000人突破ですか、おめでとうございます。それは確かに映画に行く暇もないでしょう。
最近は、あれこれと論を展開したあとに「観に行ってません」とか「テレビでやったら、見ます」とかいう偉そうな人がいてピックリしちゃいますけど、「観たけど、子供向けでしたね」で切り捨てる人にも、また驚かされます。自分の目を信じてないのか?と。じゃあ、戦前につくられた映画は「戦前の人向き」だから感動してはいかんのか、と。
ジブリってヒットしているけど、その分、すごくナメられてると感じます。作家が創作するためには、知識と経験と努力が必要なんですよ。それすら分からない愚鈍な人間は、せめて黙っててほしい……って、てぃるとろんさんのことじゃないですよ、念のため(笑)。
投稿: 廣田恵介 | 2008年8月19日 (火) 05時12分
ちょうど8日に発売した週刊金曜日の自衛隊&国防をテーマにした対談で、週金読者にこの本を薦めたばかりです。
『泥まみれの虎』は本当に凄いですよね。見てきたようにウソを言い・・・って、そのウソがとんでもない知識と情報に裏付けされているわけですから、ある意味で現実を超えていると言えます。
できれば、宮崎さんには『泥まみれの虎』あるいは『最貧戦線』あたりをアニメ化してほしいのですが・・・やっぱり難しいでしょうか。
投稿: ドラゴン山崎 | 2008年8月24日 (日) 03時52分
■ドラゴン山崎様
『最貧戦線』は、ラジオドラマになったそうですね。景気づけに大漁旗をあげるところは、『ポニョ』にもありました。
「雑想ノート」や「妄想ノート」はアニメから逃れるようにして書いていたそうなので、アニメ化するなら別の演出家なんでしょうけど、あんな戦車のことなんか演出できる人、いますかねぇ。キャタピラの重さにまでこだわって……ねぇ。
一時期、多砲塔戦車の悪役1号のアニメ化企画がありましたが、原作は84年なんですよね。なんと『ナウシカ』の年。「宮さんには、また『ラピュタ』みたいの作ってほしい」という人がいますが、作家をバカにした発言に、僕には聞こえますね。どんどん新しいことをやっていくのが作家なのに。
投稿: 廣田恵介 | 2008年8月24日 (日) 04時29分