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2008年1月10日 (木)

■怒りをこめて、ふりかえれ■

劇場版 『空の境界』 「殺人考察(前)」 パンフレット

Scan20008●メイキングページ 構成・執筆
今回は「走り」のカットなのにリピートではなく、中割りすらしてない驚異の原画ですね。フタコマ打ちなので、掲載の都合上、一枚ずつはしょって掲載しても良かろう……と判断したのですが、フレーム毎にエフェクトが異なるため、あんまり良くない。一応、文中でフォローはしてありますけどね。この壮絶なカットを見たときは、マジで心臓が止まるかと思いました(笑)。原画も大事だけど、撮影がいかに重要なウェイトを占めているか、思い知らされますね。

前回の記事は、最初、『ネギま!』や『ひぐらしのなく頃に』の実写化に猛反発した人たちを、くさすつもりで書きはじめたはずだった。でも、彼らが本気で怒っているのなら、企画が成立した事情なんか理解しなくていいから、怒りつづけろ、という気分になった。怒りというのは、心の覚醒状態だ。それゆえにコントロールが難しいわけだけど……心が眠っているよりは覚醒していた方が、いいに決まっている。いいんですよ、怒っても。それが、「作品を愛している」という気持ちの表明なら。
大人の思惑なんか、叩き潰すぐらいの欲望を持っていい。力石徹の葬儀をやったのは、僕らより一回り以上、上の世代だ。彼らより、今の君たちの思いの方が、おそらく切実だ。

劇場アニメの声優に有名タレントが起用されることも、やはり「社会化」だと思う。有名タレントが出てきた方が、世の中と繋がるパイプが何倍、いや何百倍にも増える。出資者からすれば、当然の選択だ。タレントにギャラを払うわけだから、相応のリスクも課せられる。ただ――先日の繰り返しになってしまうけど――それをナワバリを荒らされたように感じてしまう人たちもいるわけだよね。
文句を言うぐらいだったら、なぜそれを阻止する行動に出なかったのか、と俺は思ってしまう。「自らの怒りを大地に刻みつけることが出来ないのは、おそるべき失意である」だっけ。ボーヴォワールの言葉だ。
ところが、怒りというのは自尊心を傷つけるから、多くの人はそれを嘲笑へとすりかえる。……難しっすね。社会に対して怒ることは、社会を意識するということだから。自らの存在を表明し、自らの意思を表明することには、必ずリスクが伴う。友人を失うかも知れない。仕事を失うかも知れない。

かくいう俺は、昨年、ある仕事を下りた。理由は、担当者の態度に腹が立ったから。「ギャラも要りません。後は勝手にやってください」と。その後、俺の代わりに仕事を請けた人が辞め、その次の人も辞め……で、いまやグダグタになっているという。因果応報というやつだな。悪がひとつ滅んだ。
だから、蔑み・嘲笑は何も生まないけど、怒りには効能もあるんだ。蔑むぐらいなら、自分の名にかけて怒ればいい。後悔は、中年になってからでも遅くない。

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コメント

あけましておめでとうございます。
徹夜明け、朝の銀狐です。

大学に来てからの自己紹介欄いくつかに
「愛と怒りをもってして、宇宙の感動と喜びを探求する、青春真っ盛り20歳」
とかクサイ文章書いてました。

怒りが愛を支えると言うより、もっと原初的な欲求があって、それが愛と怒りという2つの方向性として表れる。そんなイメージがあります。
どちらにしろ個人的には心のモチベーション二本柱なので、適時供給が望ましい。

数時間前に数学の神様が降りてきてくれたから、今日は多分ずっと幸せ。

投稿: 朝の銀狐 | 2008年1月10日 (木) 07時21分

■朝の銀狐様
あけましておめでとうございます。

本来、怒りは「自分に盛る毒」と呼ばれ、克服せねばならない感情です。
ただ、仰るとおり、愛情と怒りは背中合わせなのかも知れない。怒りは、時として何かを生み出すし、趨勢を変えることがあります。

要は、建設的でありさえすればいいのですよ。

投稿: 廣田恵介 | 2008年1月10日 (木) 11時23分

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