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2007年8月30日 (木)

■イリアを塗るよ・3■

調子にのって早めに原稿を書いたら、「もうちょっと書きませんか」という話に。
070830_00180001なので、もうこのへんで一区切りして、ちまちまと細かい部分は後日。
怖かったのは、首と胴体がちゃんとフィットしなかったこと。この写真でも首の角度が違うけど、あちこち削って無理やり合わせた。

『ゼイラム』なんて、映画としては全ッ然、何の思い入れもないんだけど、このスーツだけは別だった。本来ガードすべき胸や下半身が薄く柔らかい素材(ラバーなど)で出来てる上、装甲類が腹の辺りにベルトで止められているというボンデージっぽさ。たまらんぜ。デザインは寺田克也。
そこに今度は、竹谷隆之という才能(このキットの原型制作)が加わってしまったものだから、このガレージキットは神がかっているのだ。それを自分が組み立てる、色を塗るというという甘美なおののきを、どう表現したらいいのだろう?

手に入れるとは、満たされながら失う行為だ。手に入れた時、対象は確実に汚され、自分の欲望は確実に傷つく。物欲とは、そういうものだ。そういうやりとりだ。『リーンの翼』に出てきた「セックスってのは、ありゃ戦争なんだぜ?」 このセリフの感覚に近い……などと10年ぶりにガレキをつくりながら考えた。

明日は『ストレンヂア』の試写。

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2007年8月29日 (水)

■イリアを塗るよ・2■

まだ三日目だというのに、急ぎの仕事が入ったので今日はここまで。
070829_14050001写真だと、単に白と黒に塗りわけしたようにしか見えない。実はリキテックスでグレーと水色の中間のような色をランダムに塗っておき、それを隠すようにしてリキテックスの白を何度も塗っている(リキテは透過性があるため)。
普通に、ラッカーの白を塗ってエナメルでスミ入れ……という常套手段か、このキットなら誰もがやる「白い装甲部分はホネっぽくウエザリングする」という手もあった。でも、それでは「同じことをした他の誰か」の劣化コピーになってしまう。
神秘的な白を筆塗りならではの味わいで出せないものか……
070828_23430001ブーツは、アクリル塗料の黒に色んなリキテを重ね塗り。ちゃんと「硬そう」「重そう」な感じは出たと思うんだけど。
それに対して、白い装甲を「軽そう」に見せることが出来るのか。

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2007年8月28日 (火)

■イリアを塗るよ・1■

夏休み特別企画として、ファルシオン製ソフトビニールキットのイリア(『ゼイラム』に出てきたヒロイン)の塗装過程を今日から連続で掲載。
070827_19070001ヤマザキ軍曹の作業場でエアブラシ塗装するつもりだった下地用ソフビ専用カラーは、匂いさえ我慢すれば筆塗りでも何とかなるだろうと思い、DIYショップで有機溶剤用マスクを購入して準備完了。
塗料はホワイトのみ、あとはリターダーとシンナーで溶いて、レッツ・筆塗り!
エアブラシがないと塗れないものなんかない!
何とか筆ムラも出ずに完了。手持ちの塗料がないので、今日はここまで。

二日目、朝からユザワヤへ塗料の買出しに行く。
070828_15390001顔面塗装用に買ったパステル、これが意外に何の役にも立たなかった。スーパードルフィーのメイクやってる人たちは、よくあんな綺麗に塗れるよなぁ。肝心の顔も、筆だけで塗ろう。
すべてリキテックス(アクリル絵の具)で塗るため、下地用にタミヤアクリル塗料を何本か買う。
070828_20250001イリアの右手の銃。下地はタミヤアクリルの黒のみ、あとはリキテックスをパレットで混ぜながら、ドライブラシしたり、ウォッシングっぽく塗ったり。塗るというよりは、「描く」感じ。

木曜が仕事がらみの試写会、金曜は蜷川幸雄の『エレンディラ』なので、明日中に終わらせたい。

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2007年8月26日 (日)

■変形と模型の話■

「ロボットが喋りだすまでは、かなりイイ感じだよ~」と我が国の変形メカの大御所がおっしゃるので、『トランスフォーマー』観てきた。ロボットが喋りだすまでは、意外にも早かった。なんか、日曜朝の戦隊モノを見ているような、気恥ずかしい感覚に。CGだろうと着ぐるみだろうと、マッチョなキャラが「正義のために戦う」とか言うと、もう逃げ出したくなる。
070824_21090001(←その点、同じ実写変形ロボであるコイツは、間違っても正義なんて言わない)
根拠もなく「地球を守るんだ」と宣言するのがヒーロー物の様式美なんだろうけど、俺はダメだ。どうしても幼稚に感じてしまう。

あと、もう一人の変形ロボの大御所が「変形プロセスにはドラマが必要」(日経BP刊「マニューバ・ブック」より) とおっしゃってるのに、『トランスフォーマー』って、敵も味方もワンカットで瞬間変形じゃん。飽きるって。一機種ごとに、変形のアクセントを考えるべきではないだろうか。『遊星からの物体X』で、最初は怪物が変形するのにビックリしたけど、最後には慣れてしまったのを思い出した。
唯一、映画の中でいいなと思ったのは、ヒロインの言う「あの時、あなたの車に乗って良かったわ」ってセリフ。ドラマの中で十分に機能しているとは言い難いんだけど、ロボットに「乗る」って、すごくメンタルな経験なんだ。

吉祥寺の映画館から、ひさびさにBe-J(模型専門店です)へ。
070824_20440001ようやく、「WFLOG」を買う。これは、写真を見ているだけで粘土に触りたくなってくるね~。小田雅弘さんが、80年代の「ホビージャパン」と大して変わらない文体で、ガレージキット創成期を回顧しているのに泣けた。あのころの小田さんは凄かった。毎月、発売されるキャラクターキットをメーカーに媚びることなく主観丸出しでメッタ斬り。バンダイのキットも、秋山徹朗さんのガレキも同じページに載ってる。メーカーも個人も区別しない。
あの当時の模型シーンって、単にガンプラが売れていたってだけではないんだよ。そんなもんは、氷山の一角。模型雑誌を見れば、ライターが作例そっちのけで自分の悩みを延々と吐露していたり、デビューした若手を他誌で茶化したり、「気配り」「気遣い」なんてカケラもありゃしない。メーカーに対する批判も容赦なかった。その代わり、誰も彼もが狂ったように手を動かしていたんだ。
そういう下地があるから、今でも突然変異的な才能が出てくるんだと思う。

僕は、この世界で生きていく自信が最初からなかったので、きっちり10年間でモデラーを辞めた。仕事用に買ったエアブラシとコンプレッサーを捨ててしまったのは、ちょっと後悔している。

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2007年8月23日 (木)

■名作グラビア化■

なるほど、こういうことですか、集英社文庫。070822_00390001 070822_00370001 070822_00380002

この三冊は、2007ナツイチ限定ブックカバーだそうで、もう何を売りたいんだか意味わかんない。現国の教科書に載るような文学は、いまやライダースナックみたいなもなんだろうな。初めから喰わないか、喰いあきてるか。だったら売らなきゃいいんじゃないかと思うんだが、ようは古典文学はグッズ化したってことなんだと思った。先日の『人間失格』にしたって、あれは小畑健グッズであって、太宰の功績はタイトリングぐらいでしょう。あれの中身を読まなくても、もう別に誰も困らない。とっくに、作品としての役割が終わってたって証だよね。中身と関係ない表紙で売る、というのはライダースナックの発想だから。
(ちなみに、太宰治、宮沢賢治、夏目漱石の著作権は失効している)

俺も『インディビジュアル・プロジェクション』を表紙買いして、中身は覚えてない(というか、表紙のおねーちゃんは話に出てきません)のに、まだ持ってるし。『神様のパズル』も表紙買い。ハルキ文庫だと、こうなっている。たとえ明日、日本中のラノベが焚書にされても、純文学や児童文学は、こうしてグラビア化・キャラ化していくんだろうね。
考えてみれば、世界名作劇場なんて、名作文学のキャラ化の歴史だよね。クラコン(クララ・コンプレックス)なんて言葉もあったし、『家なき子レミ』なんて主人公を少女にしちゃったぐらい。ディズニーとは、なんか志向性が違う。萌え擬人化を見ていても思うけど、もともと日本人は、キャラ化能力が高いんだよ。「これは絵に出来ない」ものなんてない。日本列島でもトップクオークでもキャラ化できるはず。

ただ、視覚に特化すると、別の感覚が必ず劣化していくからね。『らき☆すた』がサザエさんみたいに当たり障りのない日常話であるように、オタクの物語読解力は減摩していると思う。
もう、ある世代から以降は、物語(というか、文学)というもの自体が必要でなくなっている。そして、それで誰も何も困らない。俺も困らない。とにかく、そういう時代になったんだ。

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2007年8月18日 (土)

■だから、絵が多すぎるって■

今朝の読売新聞を見て驚いたぞ。太宰の『人間失格』の表紙を『DEATH NOTE』の小畑健が描いたら、「6月末の発行以来、約一ヶ月半で7万5000部」だそうで、発行は集英社文庫。
070818_17400001これってふさわしい人選なの?
確かに『人間失格』の主人公は美男という設定だが、こんな薄ら笑いは浮かべない……というか、作り笑いしか出来ず、気を許せる相手の前でだけ憂鬱な素顔を見せるような気弱な人物だろうが。こんな悪の帝王みたいな座り方して、「今に世界を滅ぼしてやるぜ」風にほくそ笑むようなキャラじゃないんだけど。
これじゃ、ルルーシュですよ。

児童文学の表紙がラノベ化している、という話は微笑ましく聞いた。っていうのは、俺は児童文学をバカにしてるから。親や先生から宛がわれた本なんか、バカにしていいに決まってる。そんな児童文学の表紙がラノベ化する裏には、「今こんな絵が流行ってるらしいね? 君たち、絵がついてたら読んでくれるかなぁ?」というあからさまな媚態が感じられる。
(やっぱり大人には、子供に対して一服の絶望を盛ってやるぐらいの老獪さが必要)
児童文学をラノベ風にパッケージ化する連中は、ラノベをなめている。ラノベの中で、イラストと文章がどう作用し合っているかなんて考えたことないんだろう。

そして、『人間失格』に小畑健のイラストを使った集英社、お前らも同罪だ。「もうすぐナツイチのキャンペーンも始まるし、何としても中高校生に売っていかんと…新潮社に勝たんと……中高校生に人気っていうとラノベかな?」って、その程度の動機でしょ。読売の記事によると、集英社文庫編集部は「コミックを読む層が興味を示しているようだ。若い読者に手にとってもらえれば」と語っているという。コミックなら、いまや30代~50代まで読んでるはずなんだが。
お前ら、看板商品であるコミックまでナメとるな。別に太宰にも小畑健にも、格別の思い入れはないんだろ? 『DEATH NOTE』のヒットにあやかりたいってだけだろ。文学もラノベもコミックも、いっしょくたにジューサーにぶち込んだ感じだな。
ラノベやりたきゃ、自社のスーパーダッシュ文庫を頑張ればいいじゃん。角川の牙城を崩す勢いで。

表紙がどんな地味だろうと、読みたいやつは読むんだよ。大人ごときにリードされなくてもな。

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2007年8月14日 (火)

■一次コン■

EX大衆 9月号  15日発売
Ex_07_09 
●装甲騎兵ボトムズ完全図解 構成・執筆
カラー4ページで『ボトムズ』TV版を解説、新作OVAも少しだけ紹介。最初はココナの設定画を二枚も入れてたんだけど、ページの都合でカット。
結局、こういう雑誌で非マニアに向けて「通ぶって」アニメを解説をするのが好き。俺は、本物の「通」じゃないから。
グルメじゃなくて、立喰師なんだと思う。名刺に「アニメ立喰師」と刷りたい。

●アイドルのキス顔チュ! 優木まおみ
ついに連載一周年。担当編集に聞いたら、この連載、女性編集者に評判いいらしい。ページの主旨としては、男にゾクゾクしてもらわないと困るんだが。

奏光のストレイン Waltz.Ⅶ 24日発売予定
St_07
●ブックレット 構成・執筆
とうとう『ストレイン』も最終巻。後半は、特典CDドラマの暴走っぷりがすごくて、70年代スーパーロボット(それも長浜忠夫作品)のパロディ『奏光ラムダス』なんて聴くと、この作品の嗜好性が分かる気がする。つまり、本編は趣味や好みを徹底排除している。生真面目でツッコミどころがない、というのかな。だから逆に、パロディであるはずの『奏光ラムダス』を映像化した方が、売れるような気がしちゃう……俺は嫌だけどね、そういうのは。

閑話休題。
「アイドルのキス顔」は、男主観で書かなきゃいけないのが辛い。というか、女主観のほうが感情というのは書きやすい。「女を書くコツ? 男をベースに、理性と責任感を引き算すりゃいいんだ」(『恋愛小説家』より)。俺の文章は論理性が欠けているから、感情を書くのに向いている。
最近の男たちは、簡単に二次コンなどという。ラノベのキャラクターも、イラストに転換可能なように書かれているから、文章オンリーで愛を感じた経験なんかないだろ。かと言って、国語の時間に『伊豆の踊り子』を読めばいいという話でもない。オススメは、稲垣足穂の『或る小路の話』に出てくる、「ガスの光で育ったような」外国人の少女かな。あ、あと『クラバート』に出てくる少女。ろうそくの炎を見下ろしている少女の顔を、主人公がろうそくの炎になって覗き込む。眩惑される場面ではないか。文章では「ひじょうに美しい顔」としか書いてないのに。細かく書けばそれだけ伝わるってものではないのだ。

俺は文章だけで愛、情動、欲望は発生すると確信している。絵が二次コンならば、文章は一次コン。
とにかく、日本には「絵」が多すぎる。だから、一次コンが成立しづらい。識字率世界一なのに、もったいない。

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2007年8月 8日 (水)

■ロボとハゲ■

最近は何をしているかというと、映画の宣伝のお手伝い。
(C)2007「ROBO☆ROCK」製作委員会
Rr_4盟友・須賀大観の最新作『ROBO☆ROCK [ロボ☆ロック]』だ。
『ロボ・ジョックス』で放たれた実写版ロケット・パンチが数十倍もの密度になって、日本に帰ってきた。とにかく、ラスト10分間で大暴れするこのロボットの描写が、ハンパな情報量じゃない。動くたび、錆や剥離した塗料がこぼれ落ちる……なんていうのは当たり前。一歩踏み出せば、アスファルトにパイルバンカーが打ち込まれ、蒸気が吹き上がる!という念の入れよう。 そして必殺ロケット・パンチ。
まあ、ここまでやっても雨宮慶太さんの作品が好きな人は好きなんでしょうけどさ。結局、ああいうヒーロー特撮の範疇に戻ってくる、昔ながらの特撮を定規にする、というのが観るほうも楽なんでしょ。そういう人にかぎって、実写版『鉄人28号』に対して怒りくるってみたりさ。その定規は短い、と言ってやりたい。
『ROBO☆ROCK』に出てくるロボットは、とても大仕掛けなサブ・ガジェットという感じ。テーマを物語る上で、どうしても言語化できない部分をロボットにした、とでも思って欲しい。
無色無臭な普遍性を語るために、もの凄く濃い味のソースをまぶした、というか。自称マニアな方たちが、どう反応するのか楽しみだ。

なんだか、「やけにマニアックだな」と思っていたものが、フッと普遍性(愛でも平和でも自己犠牲でも何でもいい)を得る瞬間を、俺は待っている気がする。
070808_13500001最近読んだ『機動旅団八福神』、このマンガもそうだ。 ロボットだのパワードスーツだの出てくるマンガは、避けてるつもりだったんだが、これに出てくる「福神」というメカはテーマと直結している。
作者の福島聡さんは、勝手にエロマンガ出身の人だと思ってました。ごめんなさい。そういうシーンは一巻に濃いのがちょっとあるだけで、あとはひたすら表情がすごい。こんな表情、人間はしないだろう?という顔がいっぱい出てくる。でも、気がつかないうちにしてるんじゃないか?という気がしてくる。そんな突飛な表情をしているヤツが正論を述べると、なぜか説得され、泣かされる。
あとは、ハゲ。ハゲをカッコよく描いてくれた。中道晶という女性キャラの父親なんだけど、こんなカッパハゲでもカッコいい。マンガを読むときは、まず女性キャラを見るけど、これからはハゲもチェックだ。

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2007年8月 2日 (木)

■アニメを打ち切ろう■

その日は『エクスマキナ』の取材と、『アクエリオン』の打ち合わせがあったのだが、当日中にレビューというかレポートを書かなきゃいけないので、リアルタイムで『コードギアス』視聴。

第二期の予告があったそうなので(俺はすぐさま原稿にかかったので、見てない)、それで意外にみんな中途半端なラストに怒ってないんだろうか。俺は、主役二人が拳銃を撃ち合うところで「終わり」でいいじゃないかと思う。第二期に「続く」ってのはナシで。キャラクターは生死不明。その方が美しいではないか。
ラストに、延々とゆかなのナレーションが被るのも良かった。なんか言い訳っぽくて。「もう番組打ち切りだし、ストーリーはまとまらないし、でもどうにかまとめないと……」って感じがして(もちろん、事実はその逆なわけだが)。
俺は、「矢尽き、刀折れ」ってラストが好きなんだ。例えばTV版『エヴァンゲリオン』のラストは、許す/許さない以前に「好き」だから。悪あがき、っていうのかな。制作者の肉声が聞こえる瞬間が欲しいんだ。
地上波版『カウボーイ ビバップ』の最終回(1クールでは話が終わるはずがないので、散文詩のような構成にしたらしい)は見てないんだよねぇ……。
古い話で恐縮だけど、『バルディオス』なんて打ち切りになったから印象に残ってるようなもんだよ。『イデオン』も、TV版のラストは素晴らしいですからね。「ナレーション逃げ」の最もうまい部類に属するんじゃないの。『レイズナー』も、完結篇のOVAなんて見てない。打ち切りエンドの方が好きだから。「おいおい、ちゃんと最後までやれよ!」と苦笑しつつも、「お疲れさま」と肩を叩きたくなるような……そんなアニメに愛情を感じる。

今のTVアニメは、DVDのお試し版だから、打ち切りなんてほとんどない。近年だと、『妖奇士』ぐらい? 打ち切りをどう乗り切るか、って創意工夫の試される高等テクニックだし、作り手の人間性、人生観が露骨に顔をのぞかせることがある。
人生も予定通りにいかないし、だからこそ知恵と勇気が試される。「打ち切り」は決して恥ずかしいことではないのだ。まあ、「美しい」と感じてしまうのは俺ぐらいなものかな……

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