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2007年6月20日 (水)

■続・後ろ向きに、80年代■

結局、はやばやと「挫折」を知ってしまったから、かえってアニメへの興味が消えなかったんだろうなぁ……などと思いながらTSUTAYAに行ったら、こんな迂闊なポップが。
070620_16250001並んでいたのは『パプリカ』『時かけ』など)
『幻魔大戦』以降、アニメと縁が切れなかったのは「Bクラブ」を購読していたせいもある。模型誌でもありアニメ誌でもあるという変な本だったから。『地球防衛少女イコちゃん』も載ってたし。また、僕は高校時代からモデラーとして小銭を稼いでいたので、ガレージキット・メーカーに出入りしていた。すると、「今度、これのガレキ出すんで、見といて」という具合に『ガリアン 鉄の紋章』とかのOVAが回ってくるわけだ。
その頃になると、アニメという 媒体が「病みがち」であることが分かってきた。典型例は、『ガンダムⅢ めぐりあい宇宙』のセイラさんの入浴シーンをヒントに『くりいむレモン』シリーズが誕生したという逸話。うっかりしていると「病んで」しまうのがアニメなんだ、と認めるようになった。
80年代後半は、OVAという映画ともテレビともつかない媒体が栄えたため、アニメはますます「映画」から離れていったように思う。天下のバンダイ(当時の映像課)ですら、15禁アニメをつくりはじめる「病み」っぷりだったし。

元をたどれば、僕らは「テレビ番組」としてアニメに出会っているから、作品をパーツ分割して見ることに慣れてしまっている。細田版『時かけ』がドラマとしてトータルな評価をされたのは、あれが「映画」フォーマットだったからだと思う。
アニメで「ドラマ」「物語」を見せるには、劇場版をいきなりつくるしかない。暗闇でいきなり90分なり120分なり見せるしかない。
ニコニコ動画で『ゼーガペイン』6話のラストシーン(シリーズ通じて、演出が傑出している)070620_22000001 がUPされていたけど、UPした人の気持ちはよく分かるんだ。だけど、どんなに優れたシーンであっても、全体のストーリーを順に追っていかないと、演出の意図は分からないと思う。でも、テレビ番組だから、何となく部品単位でも伝わるものと考えてしまうんだろうね。

僕は大学で映画を専攻していたから、ことさら「アニメは映画になれなかった」と悲観しがちだ(ここでいう「映画」とはフォーマットではなく、社会的ポジションのこと)。
80年代は希望の数だけ挫折があり、野心の数だけ失敗もあった。あの頃に若かった人たちはどこかで「こんなはずじゃなかったのに」と思ってるんじゃない? その思いの分だけ、アニメは「趣味を越えた何か」になっていった。そうじゃなきゃ、出たばかりの『ICE』を借りやしないって(笑)。そこに、未練も込みの淡い期待があるから見るのであって、それは挫折を知らない人たちと少し感覚が違うのかも知れない。 

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コメント

はじめまして。
確かにゼーガ6話は最初の大きな種明かしの話だけに
単体で見るのはやっぱり違うと感じてしまいますね。
私もDVDを買いましてぶっつけ通しで全話視聴したくちなので(笑)


投稿: hitomi | 2007年6月21日 (木) 21時02分

■hitomi様
はじめまして。僕は本放送中は断片的にしか見ていなかったんです。後から全話通しで見ると、ぜんぜんシーンに込められた重みが違うんですよね。
よく構築されてる分だけ、ちょっと損してるアニメなのかな…と複雑な気分です。

投稿: 廣田恵介 | 2007年6月21日 (木) 23時39分

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