■少女たちの戦いの物語■
映画を観にいこうか迷った末、原美術館のヘンリー・ダーガー展へ。思ったとおり、若い女性のひとり客か二人連れが圧倒的に多い。だが、彼女らの一体何人がダーガーの孤独と悦楽を理解していたのだろう、と思う。
すれ違いざま、「(ダーガーは)どうやって暮らしていたんだろうね」「国から援助金でも出ていたんじゃない?」というお気楽な会話が耳に飛び込んできた。とんでもない、彼の仕事は「病院の清掃や皿洗い」と入場時に渡されたチラシにも書いてある。徹底した極貧生活が、彼にこの奇想の超大作を書かせた(描かせた)のだ。
ダーガーのアパートのカラー写真が壁面に大きく掲げられていたが、「ジブリ美術館」にある「映画の生まれる場所」にそっくり。少女愛好や戦争への興味など、ダーガーと宮崎駿の共通点は数多い。しかし少なくとも、少女たちを守るドラゴンのような聖獣たち、このデザインの独創性に関してはダーガーの勝ちである。
普段、いかに我々は調味・加工されたものばかり見させられているか。いかに無意識に刷 り込まれた条件づけで生かされているか。こうしてダーガーの「チラシの裏の落書き」をじかに見るとき、そのことを強く意識せずにおれない。
もちろん、ダーガーも雑誌のイラストや広告写真を複写して作品に使ってはいる。だが、それらは飽くまで彼にとって「材料」以上のものではなかった。雑誌や本を見て「これと似たような絵を描いてみよう」などと彼は思わなかった。彼のクライアントは彼であり、作業に従事するのも彼であり、最高にして唯一のユーザー、それも彼だった。
ダーガーには金も知識も技術もなかった。そして、何も望みはしなかった。現在、クリエーターを自称する者は、ほとんどがその逆である。
我々は、ただ生きているというだけで何千・何万・何十万という条件づけや規制、ブロックをかけられている。「禁煙」なんてのはまだ分かりやすい方で、愛だの恋だのといった「神聖なるもの」も、巧妙なプログラムのひとつ、長年メディアによって施された洗脳に過ぎないと思う。規制や洗脳こそが社会の本質であり、それを免れては社会で生きることは出来ない。だが、少しずつ解除していくことぐらいは出来るはずだ。
ダーガーの物語は、架空の戦争を描いたものだ。なぜ、戦争であらねばならなかったのか。彼の心の中に、戦争が起きていたからである。彼は、拘束されていない心の中の一領域を探り当てたのだ。
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コメント
こんばんは、以前1度コメントさせて頂いたPsPesです。
ヘンリー・ダーガー氏については、自分は殆ど何も知らないので恐縮なのですが、
特に最近、人の精神的な自由や幸せについて日夜、考えが止まず
ブログに「チラシの裏」のごとく書き殴っていたので
この記事を読んで、妙なシンクロ感を覚えました。
>彼は、拘束されていない心の中の一領域を探り当てたのだ。
これが真の自由を手にすることだと思います。
>規制や洗脳こそが社会の本質であり、それを免れては社会で生きることは出来ない。だが、少しずつ解除していくことぐらいは出来るはずだ。
自分の心が本当に行きたい場所さえ見つかれば、心の中の規制や洗脳を自ずと取っ払っていくはずですよね。
投稿: PsPes | 2007年6月 4日 (月) 01時08分
■PsPes様
こんばんは。以前のコメントは印象深かったので、よく覚えています。
ダーガーは、徹底的に「自分のため」に生き、その結果、こうして「人類のため」に役立っているのです。中途半端に人の力を借りたり、頼ったりしなかったんですね。
>自分の心が本当に行きたい場所さえ見つかれば、心の
>中の規制や洗脳を自ずと取っ払っていくはずですよね。
普段は、自分が規制をかけられていることすら気がつきませんからね。しつけや教育も、立派な洗脳ですし。
我々の暮らし、挙動は無数の条件反射で成り立っており、それがコミュニケーションを成立させています。
ただ、「自由」というものを考えたとき、それらのルールを無効化させないといけないように思います。
投稿: 廣田恵介 | 2007年6月 4日 (月) 02時03分
ご返信有難うございます。覚えていただけて幸いです。
しつけや教育だけでなく、思考のツールと呼ばれる「言語」ですら、私達を特定の思考の枠組みにはめていますね。
"Language uses us as much as we use language."(大学1年次の英語の教科書にある一文です)
逆に、これまで積み重ねてきた知識や経験を放棄しないまま、言語を習得する以前に持っていた認識力を取り戻す。「初心」に帰り、枠組みに囚われないオリジナルな発想を展開出来るようになるにはどうすればいいか。これには非常に興味があります。
投稿: PsPes | 2007年6月 4日 (月) 08時46分
■PsPes様
やっぱり言語を絶する体験をすることが大事だと思います。それは、いきなり人を殺すとかそういうんでなく(笑)。
投稿: 廣田恵介 | 2007年6月 4日 (月) 10時28分