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2007年5月29日 (火)

「図書館まで250メートル」

歩いて15分ほどのところに落ち着いた感じの古本屋があり、午後4時過ぎ、どうしてもそこに行きたくなったので、白いポロシャツをひっぱり出した。
食事もまだだったので、古本屋の先にある中華料理屋にも立ち寄ることに決めて、ヨレヨレになった革靴を履く。

斜めに交差した横断歩道を、風船を両手に三つずつもった女性が歩いてくる。強い西日に眉をしかめながら、子供たちに風船を手渡す。彼女のジャンパーの後ろには、携帯電話会社のロゴ・マークがプリントされていた。
今日は日曜日だ、と気づく。
横断歩道の向かい側に、サッカーのユニフォームを着た少女が二人並んで立っていた。一人は腕組みをして、もう一人は右足に重心をかけて信号待ちをしている。もうずっと、何年もこうやって信号待ちをしてきたんだ、日曜日のたびに。そんな貫禄がただよっていた。

駅前は混みあっていたが、もっとも大きな横断歩道を渡りきってしまうと、ちょっとずつ人通りが少なくなっていく。そして、いくつ目かの信号で、ゆるやかな坂道が目の前を横切る。このあたりまで来ると、自分が一人で歩いていることが急に意識されはじめる。妙な充実感が、つま先まで満ちてくる。
ふいに、自分が何ひとつ荷物を持っていないことに気がつく。それに気がつくために、ここまで歩いてきたのだ、という気すらしてくる。

通りの先には、やけに静かなたたずまいのスーパーがあって、そこを過ぎたところに例の古本屋はある。日曜日なので、客が多い。みんな、店の前に並べられたインテリアだとか陶磁器だとかの雑誌に見入っている。
店内は、こんな晴れた日でもしっとりと薄暗い。店の奥では、いつも神経質そうな女性がパソコンをにらんでいる。何をいくらで買っても笑顔ひとつ見せないのだが、その人が本好きであることだけは分かるので、悪い気はしない。6列並んだ本棚から、一冊の小説を取り出した。背表紙には『楽園ニュース』と印刷されている。カバーをめくると、消え入りそうな文字で「1,400円」と鉛筆書きされていた。

本屋から歩いて数分のところにある中華料理屋に入り、清潔な木製カウンターの上で『楽園ニュース』を開いた。物語は、空港のロビーから始まる。もう一年近くも飛行機に乗ってないな、と思いながら料理が来るのを待つ。
食事を終えて、外に出た。まだ明るい。なんとなく帰る気持ちになれず、料理屋の先にあるT字路に立ち尽くした。「図書館まで250メートル」と書かれた青い看板が、街路樹の下に見えた。ふいに、後ろから自転車が追い越していく。ベースボール・キャップをかぶった女の子だ。彼女は青い看板の前で右に折れると、図書館の方へまっすぐ走っていった。

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