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2007年3月 9日 (金)

■厄介な癖■

珍しく、アニメのドラマCDの脚本を書いた。このアニメに関して、僕は最もラッキーなファンに違いない(何しろ、テレビ放映時は一視聴者に過ぎなかったのだから…… )。しかし、その「ファン」が「好み」で書いたものが「プロ」の列席する会議にかかる、というのは非常にコワイものだと思い知った。

ここ数日、憑かれたように読んでいる漫画は花沢健吾の『ボーイズ・オン・ザ・ラン』
070308_13100001『宮本から君へ』の恋愛パートを拡大したような感じ。俺は『宮本』では甲田美沙子、綾部栞といった恋愛スパイスとして出てくる“扱いの軽い女”たちが好きで、『ボーイズ~』に出てくる植村ちはるも、(単にスパイスでしかないという意味で)彼女たちに似ている。
それにも増して、東京都内の番地まで指摘できるロケーションの細かさが『宮本』ゆずり。 『宮本』で印象的だったのは飯田橋や王子近辺だったが、『ボーイズ~』では、池袋や三ノ輪が出てくる。とにかく、『宮本』の素敵ポイントを抜粋して飲みやすく割ったような漫画(その素敵ポイントが、飽くまで「俺の感じる素敵」でしかないことが重要だ)。
「素敵ポイント」とか「好み」を主張するのは、なかなか勇気がいる。「好き」という感情は、「慣れ」とか「癖」に左右される、とても脆弱なものだ。そこまで不確定なのに、何が「好き」かを表明することで、人間の程度が知れてしまう。「好み」なんてのは、脳が覚えた惰性や習慣の表れでしかない。それゆえに、最も雄弁にその人を語ってしまうのだ。
(冒頭で「プロ」に「好み」を読まれるのがコワイ、と書いたのはそういう意味)

「好み」ってのは、しばしば自分の本質を誤魔化す。……本質というと語弊があるか。自分の欠損部分を代替しているのが「好み」「シュミ」なんじゃないかと思う。
だから、いろんな経験や知識を重ねて、「好み」なんてものをどんどん刷新していくべきなんだよね。欠損部分が埋め合わされた瞬間、「好み」なんて全く用をなさなくなるはず。これはホント。

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