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2007年1月 7日 (日)

■皿は洗ってあるか?■

正月に見た映画が立て続けに良作だったので、うっかり審美眼というか批判精神が消えうせてしまったのかと思ったが、そんなことはなかった。残虐で猟奇的でトラウマ必至と噂の『SAW 2』を見たからである。この映画には、かつてなかったほどの憎悪を感じた。
070108_03130001僕は、映画を見て「アタリだった」「ハズレだった」と言うことにはあまり意味を感じない。そういうことを言い合うのは、いわゆる映画ファンだろう(☆が五つ並べば最高得点とか、年間ベスト10を選ぶ人たち)。僕は「その映画が何を為したか」ということにしか興味がない。『SAW 2』は生理的に途方もない嫌悪感を催させるが、それ以上に罪なのはネガティブな想像力を(強制的に)観客に植えつけてしまうことだ。この映画は死を描くのではなく、死に付随した生存本能を面白半分に描く。観客は、その残虐なショーを楽しむ以外に、この映画を見続けるモチベーションを見出せないだろう。人間の想像力は、理性が否定する方向へも、しっかり膨らんでしまうのだ。まずは、そこに気をつけねばならない。僕がこの映画を最後まで見た、という事はどこかでこの残虐ショーを楽しんでいた、という動かぬ証拠だ。

猟奇殺人を売り物にした映画では、たいてい殺人者が独自の哲学を語る。『羊たちの沈黙』のレクター教授を思い出してもらえば分かるだろう。そうした人物を出すことで、どんな映画も一種の免罪符を得る。『SAW 2』も同様で、犯人のジグソウがもっともらしい犯罪動機を語るのだが、そこに説得力がない。主人公の刑事は、自分の息子が殺されかけているために必死になるが、そこにも説得力がない。どんな言い訳でもいいから、そこには異常殺人を正当化するに値する建前が必要だったのに、この映画の制作者は、それをサボった。ようするに、工夫をこらした残虐シーンを早く描きたいがために、よく考えずに走り出してしまったのだ。そこに激しい憎悪を感じる。対価をキッチリ払いさえすれば、何をどう描いていもいい。だが、この映画の作り手は、「やらずぶったくり」。最低のクズだ。
060904_03180001 これは、何も猟奇殺人やホラー映画のことだけを言っているのではない。単にまずいラーメンなら許せる。だが、どんぶりを洗わずにラーメンを出すなら、そんな店は潰れても構わない。ラーメンを出す以上は、まずどんぶりを洗え。その程度のことを言っているのだ。

ネットの映画評を見ていて驚いたのは、『SAW 2』に限らず、「私には分からないけど、この手のモノが好きな人にはオススメです」という書き方をしている人がいること。彼らも、汚れた皿を洗わずに腐った料理を出している。
文化は、まず豊かであるべき。この世に、生まれながらに「ダメ」なものなどない。それが僕の基本スタンスだ。「最悪」「駄作」などと簡単に言う人たちは、綺麗に洗われた皿の上の料理に文句をつけているだけだ。
また、清らかな友愛を謳うだけで世の中が豊かになるはずもなく、人の道から外れるようなネガティブな感情も豊かさのうち。清濁まじり合った状態を「豊か」というのだ。ただ、手抜き仕事だけは決して許してはいけない。逆を言えば、手抜きさえせず、誇りを持って為せば、どんな仕事も尊い。それが文化の「豊かさ」を形づくる。

つまるところ、『SAW 2』は手抜き仕事なうえに、食中毒を起こしそうなほど内容が酷い。どうしても見たければ、海賊版を違法コピーせよ。汚れた皿なぞ、無銭飲食で十分だ!

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