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2006年11月26日 (日)

■小休止■

書こうと思っていた原稿に「待った」がかかったので、遠出も出来ずに家で待機することになった。そこで始めてしまったのが、イリアのキットの組み立て作業。
061126_10550001鍋で煮てゆがみを直し、ドライヤーで暖めながら不用部分を切り取っていく。この作業がハマる。下半身にはオモリとして石膏流しちゃうし、Be-Jではソフビ専用カラー買ってきちゃうし、もう後には引けない状態。

その他、観そびれていた映画を何本かレンタルしてきた。何を観ても胸がつまり、涙が出そうになるのには困った。「ものをつくる」というのは凄いことだ、と改めて思い知った。ついでに『ゼーガペイン』も観てるんだが、先日の話で言うとアイコンがひとつしかないんだよ。それは何かというと、ドラマなんだ。絵がことごとくドラマに追従しているという、いたって健全な状態。
だからこそ、あっさりしすぎたキャラとかCGメカの不自由さがキツい。『コードギアス』の絵、あれはコッテリと主張が強いから、逆に無視がしやすいんだよ。「この絵を好きな人は別にいるんだろうな」と、他人を設定することで「逃がす」ことが出来るんだ。増水しそうなほどコッテリしてるから、水路を掘って逃がすわけ。
でも、『ゼーガペイン』はドラマだけで直球勝負してくるから、逃げられない。俺も放送中は途中で何話か観ただけで脱落しちゃったんだけど、一話から見ていくと実に手堅くつくってある。最初から観ないと、その良さが分からない。それは今や弱点なんだよ。
ほら、『ハルヒ』ってのはエピソードの順番を入れ替えて放映したでしょ? あれぐらい狡猾でないと(笑)。あと、最近のアニメって「セカンドシーズン」で逃げるじゃん。いやー狡猾だ。面白い。
でも、だからこそ愚直なまでにストレートな『ゼーガペイン』は放っておけないんだよね。

劇映画というのはトーキー以降、何十年も形式が変わっていないけど、テレビアニメは半年かそこらで形式が変わる。そこが他のメディアと違う面白さだね。

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コメント

なるほど。。勉強になります。

狡猾なアニメがあるからこそ、そうでないアニメや、形式の変わらない激映画にも魅力を感じるという事でしょうか。

音楽の歴史と共通する部分ですね!

投稿: Meppi-Doro-mako | 2006年11月27日 (月) 13時07分

■Meppi-Doro-mako様
短期間に突然変異のようにメチャクチャな表現が出てきて、それが常識をひっくりかえす、という点で、アニメはドラマや劇映画よりも音楽に近いのかも知れない。

でも、オーソドックスなスタイルは、それはそれでずっと存在しつづけるわけですよ。
だから、変化そのものを楽しみ、プラス要素として吸収することが重要なんでじゃないかな?

こちらこそ、畑違いの若い人の意見は勉強になるよ!

投稿: 廣田恵介 | 2006年11月27日 (月) 13時43分

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