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2006年7月26日 (水)

■過去も未来も星座も越えるから■

よく映画のことを話しているのに、「○○監督は…」と作品と監督名がゴッチャになっちゃう場合があって、それはつまり映画を人格化して見ちゃってるんだろうね。映画にも性別ってのはあるだろうし。
俺は、 『時をかける少女』みたいな人と付き合いたいなぁ~060725_18450001

(←劇場に「絵コンテ」と称して原画が貼ってあったんすけど)

ぶっきらぼうかと思ったら意外に内省的で、計算高いくせに情熱的で、さよならと手を振ったのになかなか帰ろうとしない寂しがり屋で……前向きなんだけど、挫折も知っているんだ。今度の『時かけ』は。
思えば、23年前にも『時かけ』に恋したんだよな。あの時も『時かけ』以外のことが何も考えられなくなった。だいたい、泣くほど恋したことなんてこの20年なかったよね。女にフラれても一晩で回復するよう訓練できたけど、それは間違ってた。

で、今回の『時かけ』に恋したせいか、一緒に観に行った女の子に「もう二度と会うことはあるまい」と言ってしまったよ。だってお前、『時かけ』みたいな素晴らしいプレゼントをもらったんだから、もう俺なんか必要ないだろって。
いい作品を見ると、「フリダシに戻る」って気分になるね。

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コメント

振り出しにもどる、かぁ。

けど、自ら、「必要性がない」と判断してそれを実行(言う)というのは・・・私はなかなかできませんわ。

投稿: ユキ | 2006年7月31日 (月) 22時38分

■ユキ様
だから、そういうことを言うべきときのために、酒というものがあるの。

投稿: 廣田恵介 | 2006年7月31日 (月) 23時45分

うん、納得w

投稿: ユキ | 2006年8月 1日 (火) 18時54分

はじめまして! 廣田さんのブログへ、たどり着いて、読んでいて興味深いなあ、と思っている者です。
「宇宙戦争」が映画化されたとき、「それどーなん?」と思い、観に行っていないのですが、「時をかける少女」も、危惧していました。でも、どうやら、いい映画みたいですね!
考えれば「スターシップトルーパーズ」も「宇宙の戦士」だし、「指輪物語」もちょっとだけ見ましたけど文句がないですし、復古というのもやはり悪くはないのですね。スターシップは、予告は面白そうだし、ポスターのセンスもいいなと思いましたが、結局観に行ってません。指輪もテレビで目にしただけですが。
僕らの世代も「サイボーグ009」や「鉄腕アトム」は1980年代で、復古というのはどうかと思いますが、初期版というわけではありません。それでも最終回の「アトムの初恋」など素晴らしいですし、009の絵は当時のはやはり好きでした。
しかし、009もアトムも最近のは見ていません……
最近の「ブラックジャック」は、はじめ見る気なかったのですが、登場人物に和登さんが出ているので見てみたら、「ええ話やな~」と思い、DVDを買っています。
結局は、復古OKということですね。

映画に性別がある、というのは思いもしませんでした。
うーん、恋人にしたい映画?? 土曜ゴールデン劇場で見た「ザ・カンニング」などは、正直フランス版より、こちらの日本のテレビ向けに直されたものの方が音楽やBGMが良かったですね。音楽やBGMが違えば、雰囲気もがらりと変わっちゃいます。
逆にフランス向けに直された日本のアニメを見たりすると、フランスってセンスどうなん? と疑います。投げやりな音楽。
と言っても、「ウイングマン」と「めぞん一刻(ジュリエット・ジュテーム)」を見ただけですが……。
結局、映画を人格化するのは、僕にはまだ無理みたいです。言葉で擬人化することは出来ますね。先述した「ザ・カンニング」なら、
「出会いは、ローラースケートをはいた彼女がぶつかってきたのが最初。尻餅をついてホットパンツを広げて笑いながら謝る彼女に怒ろうにも、チャーミングな女の子だからこちらも痛む鼻をおさえながら笑ってたっけ。一緒にいて楽しくて、どことなくエレガンスで、でもちょっとエッチな女の子。でも、ふざけていると言うより、彼女はすべて真剣なのだと言うことが感じられる。結局最期までいっちゃったけど、ずっと、ずっと付き合いたい。 ううん、こんな感じか。

……長々と失礼しました。

投稿: レッドロック | 2006年9月28日 (木) 15時50分

■レッドロック様
はじめまして。和登さん目当てに『ブラックジャック』を。僕と同類じゃないですか! 僕は和登さんにはウルサイですよぉ……(笑)
『時かけ』は換骨奪胎ってヤツですね。リメイクではなく、新作と考えればいいと思います。
『宇宙戦争』、『スターシップトルーパーズ』、『指輪物語』、それぞれ原作に対するスタンスは違いますが、いずれも見どころはあります。というか、どんな退屈な映画でも「なぜ退屈なのか」を考えるトレーニングにはなるので、ご覧になってはどうでしょう。

>それでも最終回の「アトムの初恋」など素晴らしいですし、
>009の絵は当時のはやはり好きでした。

ええ、それで正しいと思います。その時、どう感じたかが一番大事であって、オリジナルが最高だなんて僕はまったく思いません。「原作はあんなに良かったのに」とか「第一作は最高だったのに」と批判する人は、一度築いた価値観を壊したくないため、脳が硬化してるんですよ。

>映画に性別がある、というのは思いもしませんでした。

あ、これに関しては自由に解釈してください。僕は恋愛映画を見ると「付き合いたい」願望が発動するので、作品=恋の相手になってしまうというだけで(笑)
別に、その監督に恋したわけでも女優(だけ)に恋したわけでもなく、やはり映画に恋してるんです。
『ザ・カンニング』は未見なのですが、ピンとくるものがありましたから、今度見てみますね。

いつも当ブログをご覧くださり、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

投稿: 廣田恵介 | 2006年9月28日 (木) 18時04分

レス、ありがとうございます。なんか、写楽君とぴのこちゃんが話していると、おじいちゃんになったみたいに、ほんわかとした気分で見てしまいます。「三つ目が通る」は、まさかワイド版で復刊してくれるとは思わなかったので、思わず全巻買ってみて、やはり良かったのですが、つのだじろうの「メキドの火」とおなじく、やはり週刊誌のつくりなんですね。
三つ目が通るやメキドの火を週刊誌で読んでいた頃は、長いエピソードには、必ず各回の最後のページに次週への「引き」があって、ドキドキしながら次の週のを読む、という感じでした。全集などでは得られない、雑誌で読む楽しみですよね。そういえば、今のまんが雑誌って、こんな引きが弱いような気がしますね。必要ないんでしょうか?
「ザ・カンニング」に関しては、いいわけめきますが、どうもオリジナルと言うか、もとのフランス版はちょっと落ちます。日本版の情緒のあるBGMと主題曲、ノリノリの?吹き替え、当時の土曜洋画劇場の落ち着いた雰囲気のクオリティ高いCMとあいまって、映画の持つユーモアがとても気持ちよく漂ってきたのですが、逆にフランスのは雑なダサいBGMで「ただのいたずらドタバタ」に思えてしまうのです。
かといって、当時日本で放送したままの翻訳、吹き替え、BGM、次週の映画予告の後の「この番組は、……の提供でお送りいたしました」の時流れる日本版主題曲と映像で感じられる余韻などは、到底再現できないでしょう……。だから、どのようなものにも一期一会があるんだと、ちょっとは頭をいれとかないといけないのかもしれません。
たとえば「ハリーの災難」DVD版を購入した時、ビデオにとっておいたものは消したのですが、DVD版を見て、後悔しました。
ビデオに録って何度も見たテレビ用に翻訳した台詞のほうが、とっても「いかし」て、「にやりと笑え」たからです。こういうことがあるので、ひとつの作品でも、翻訳とか音楽が人の手にかかると、もとのより格段に良くなることもあれば、その逆もあるんだと。あなどれない。
ワンシーン入れるだけで印象が一変することもあるので、作品というのはデリケートなんですね。「ペットセマタリー」の小説のラストは、「トムは真夜中の裏庭で」に負けないくらい、愛情を感じるのですが、映画の「ペットセマタリー」では、ラストで台無し。ほんとにスティーブン・キングが監修したのか?? と混乱してしまいました。あれはとってもやるせない美しいラストだと思っていたのに。ちょっとキンちゃん、あんなので良かったの? と言いたくなります。

長文お許しください……。

投稿: レッドロック | 2006年9月29日 (金) 03時36分

■レッドロック様
僕は今や、漫画は単行本でしか読まないので雑誌展開についていう権利はないですね。
ただ、当時、週刊誌で「和登さんが写楽をお風呂に入れてあげる」シーンだけが強烈に印象に残っていましたが、講談社の全六巻(ワイド判はまた別でしょうか)のやつを見ても出ていないんですよ。単行本未収録話数が多いそうですね。あのシーンだけは鼻血が出そうでしたよ。

>当時日本で放送したままの翻訳、吹き替え、BGM、次週の映画予告の後の
>「この番組は、……の提供でお送りいたしました」の時流れる日本版主題曲と
>映像で感じられる余韻

そうそう、「洋画」ってそういうもんでしたよね。CMまで込みで作品だった、といいますか。ディレクターズ・カットもへったくれもない(笑)、オリジナル演出に違和感を感じるという。
だから、よくテレビで洋画をやると「日本語版・演出」というクレジットに目が行ってしまう。どんなセンスで、どれだけ頑張ったんだろう?と思いますよね。下手な字幕をつくる人より、よっぽどイイ仕事してますよね。
最近のDVDの日本語バージョンも、よく出来てるものが多い気がします。

僕はスティーブン・キングって苦手なんですけど、やっぱり原作者が監修したからって映像がよくなるとは限らないんじゃないですか?
でも、そういう行き違いがあるから、小説や漫画の映画化とか吹き替えとかリメイクって面白いんですよね。オリジナル原理主義者には分からない楽しみ方を、レッドロックさんは良く分かってらっしゃいますね。

投稿: 廣田恵介 | 2006年9月29日 (金) 22時43分

ありがとうございます。廣田さんにご意見伺って、うれしいです。

なるほど! 確かにコミックの「三つ目が通る」を見ると、雑誌のとはあきらかに違う台詞とか、ありました。
手元にないので正確かどうかはわかりませんが、はっきりこれは違うと覚えているのは、剣持博士が小さな類人猿(ミッシングリング)に襲われた時、スブタ教授か警察かに写楽が「その時おまえは何をしてたんだ?」と聞かれ、「オネンネ」と言ってたのに、台詞が変わってたりと、微妙にそこかしこに違和感がありました。
写楽が香港マフィアになんでもウンコにしてしまうピーナッツを売りつける時も、(こんな台詞だったかな?)と感じたり、絵自体違ったところがあったような……作者自らすすんでの訂正かどうかはわかりませんが。
そのピーナッツの回で、和登さん扮する蓮っ葉な少女をお母さんに改造しようとして、カツラの取れた和登さんが装置から裸で出てきて、「こらー!」と怒鳴って、写楽のカツラもびっくりしてぽんと上に飛んで、「お母さんを作ろうと思ったら、和登さんが出来ちゃった!」と言うシーンも面白かったです。
雑誌があればコミックとの違いも楽しめるのですが、五右衛門風呂の焚き付けになっちゃいました……。ありり、お風呂のシーン、ワイド版あったような気もしたけど? また調べておきます。まあ、思い出は美しいままとっておくのもいいかも?
漂流教室やその他くんも楽しみに見ていました。

投稿: レッドロック | 2006年9月30日 (土) 02時43分

■レッドロック様
『アトム』なんて、単行本化するたびに冒頭シーンが変わっていたり順番が入れ替わっていたり、けっこう無茶苦茶ですからね。
漫画の中に作家本人が出てきて言い訳(というか、変更するに至った解説)をするバージョンもありました。だから、あれは作者自ら修正している部分が大半じゃないでしょうか。
そういう巨匠らしからぬ優柔不断さまで含めて「偉大」だと思っています。

>ありり、お風呂のシーン、ワイド版あったような気もしたけど? 

友だちに僕以上の和登さんファンがいて、彼の家でいくつかのバージョンの単行本をひっくり返して、「なんであのシーンだけないんだ!」とガッカリした記憶が……まあ、お風呂に限らず、和登さんは脱ぎっぷりがいいんですよね(笑)
そのへんも含めて、やっぱり「偉大」だと思います。

投稿: 廣田恵介 | 2006年9月30日 (土) 16時18分

ペットセマタリーはいいよね

投稿: bb | 2007年3月28日 (水) 21時07分

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