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2006年7月14日 (金)

■古い夢は置いて行くがいい■

060713_03210001月曜日の飯島真理さんのライブ以降、ものすごい勢いで夜遊びモードに入ってしまい、連日朝帰り→夕方まで就寝→風呂に入って出かける。あるカメラマン氏はこんな俺を「月下の人」と呼ぶ。

それで、昨日は吉祥寺で約束があって。そろそろ出ようかな、と思った矢先、待ち合わせしている相手から「私って、つくづく雨女なんですね…」とメールが届く。「?」と思って窓を開けると、どしゃ降りで。彼女は、雨が降ってしまったのを自分のせいだと思っているわけ。本人は傘もなくて、駅まで濡れながら歩いているってのに。
でさ。カウンターに座ってタコの刺身なんかを注文していると、「これ使ってね」とビー玉をあしらった小洒落た器をくれた。俺が茶碗でヨーグルトを食べている、と話したのを覚えていたわけよ。泥酔しながら割らずに持って帰るのに一苦労。
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で、考えた。雨と彼女は、おそらく本当に特別な関係にあり、これからも雨に降られつづけるであろう。自然と人とは、しばしばそのような関係を持つのではないかと。別の言い方をするなら、彼女の方が雨を操っているともいえるわけ。
魔法という発想の原点には、古い暮らしの中での体験や感覚が息づいているように思える。魔法というのは本の中にあるんじゃなくて、空気や肌の中にある。

それと、彼女のくれた器。これを見つけたのは俺ではないが、俺に手渡された瞬間に「俺の所有物」になるんだろうか? そうではなく、俺が割れないように大事に抱えている間に、何かがゆっくりと器に染み込んでいくんじゃないだろうか。
060714_17370001使ってみると、付属していたスプーンの細さに唖然としたのだが、そんなことにビックリしたりといった“物とのやりとり”を繰り返していく過程、時間が「他人の物が俺の物になる」という出来事なんじゃないか。

俺は他人(女性限定)に物をくれてやるのが好きなのだが、それは相手が人生の進路上に予想しなかった感覚やプロセス、時間をプレゼントしているわけ。
だから、引き換えに何かよこせ、とか、まして「返せ」なんていうのは言語道断。だって、魔法をかけているんだからさ。

こういう解釈を楽しめないと、損得でしか人生を考えられなくなる。みんな、魔法使いを目指せ!

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