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2005年11月 8日 (火)

■NO FUTURES GO■

 岡野玲子『陰陽師』3巻に掲載された二つのエピソードの終わり近くに、麻とけしが出てくる。「最後はちょっとラリって仕上げるのさ」と安倍清明(仕上げる、とはもちろん呪術のこと)。それから千年、麻もけしも栽培はもちろん、所持しているだけで逮捕される。日本国内では。何億、何十億年つづいてきた植物界では、話題にも上らないささいな変化、退化だ。
 高野史緒の小説『ムジカ・マキーナ』には、絶対的快楽をもたらす至高音楽が登場する。聞いただけで逮捕されるほど人心をとらえる音楽ならば、ぜひ聞いてみたい。聞かなくてはならない。打ち砕かなくてはならない。
 
慣らされた心、飼われた心を解き放つには、あらゆる手段が許されている。許されねばならない。音楽も、文学も、映画も、そのためにある。だから、時として、いやしょっちゅうタブーに触れているのだ。
 表現物に触れるものは、禁忌に触れているのだ。それを忘れてはならない。見る者、読む者、聞く者は常に危険と隣り合わせている。なので、「こんなものを見せるな」と弱音を吐くぐらいなら、最初から目を閉じているべきなのだ。最後まで目を開いているものだけが、本当に解放される。「タブーを犯す表現物」の話をしているんじゃない。表現物というのは、タブーを犯すものなんだ。タブーを犯すからこそ、表現物でいられるんだ。
 なにかが「心に触れる」とき、ことごとく僕らは
危険地帯に立っている。たとえ、町の中のCDショップであろうと! 感動は地雷原でしか起こらない。だから、感動を求める人生は地雷原を踏破していく。
 そんな人生以外は、欲しくない!

 仕事を夕方近くに終えると、待ちかねたように熱が襲ってきた。ベッドに横になりながら、週末に録った番組を何本か見る。『蟲師』、やはり侮れず。デンゼル・ワシントンの『マーシャル・ロー』も面白かった。鼻血を出しながら演説するシーンが最高にカッコいい。

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