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2005年11月21日 (月)

酒とオモチャが大好きだった

 「おい、見てくれよ、コレ。まるでジャガイモだろ?」
 苦笑しながら、Oさんは『2001年 宇宙の旅』のディスカバリー号のガレージキットを箱から取り出す。
 「完成させてくんないかな、これ? 酒おごるからさ」
 当時、僕はプロのモデラーとして稼いではいたが、このディスカバリー号は難物だと直感した。ジャガイモを宇宙船に出来るほど、僕は起用じゃない。丁重にお断りして、そのジャガイモをOさんの手の中に戻した。が、結局、Oさんは酒だけはおごってくれた。場所は、いつもの池袋だ。
 酔っ払ったOさんは、「じゃあさ、キャンティーナのフィギュア、作ろうぜ」と身を乗り出した。『スター・ウォーズ』第一作に登場する酒場(キャンティーナ)の異星人バンド。当時のフィギュアメーカーからは、こいつらのフィギュアだけは出ていなかった。だから、偽モノのフィギュアを作ってマニアたちを驚かせようというのだ。
 「パッケージは俺がつくるからさ、本職の腕を生かして合作しようぜ!」
 そう、Oさんの職業はグラフィック・デザイナーだったのだ。歳の頃は30代半ば。ショーケンに似ていて、アマチュア・バンドのボーカリストを担当するロックな中年だったが、彼の本当の宝は事務所の隣に借りた狭い倉庫に眠っていた。
 そのカビくさい一室には、世界各国のマニアとトレードして集めたスター・ウォーズのトイがギッシリと整理されていたのだ。ひとしきりコレクションを自慢したあと、Oさんは深い溜め息をついた。
 「この倉庫の維持費で隣(事務所)が傾いてんだ……まあ、いざとなりゃコレみんな売っぱればいいんだけどさ」。

 ある日、彼の事務所に遊びに行くとAT-AT・スノーウォーカー(『スター・ウォーズ』に登場した四脚戦車だけど、Oさんは“アト・アト・ウォーカー”と呼んでいた)のトイが鎮座していた。全長40センチはあっただろうか。
 「どうだ、いいだろう? さっきアメリカから届いたとこでさあ……」
 彼は、腕を組んだりアゴ髭をいじったりしながら、“アト・アト”をさまざまな角度から眺めていた。オモチャと酒。それを前にしたときのOさんは、まるでプレゼントにかこまれた誕生日の子供だった。だが、僕は余計な事を口にしてしまった。
 「Oさん、この頭部のミサイル、欠けてますね。一本しかないよ」
 「おい、嘘だろ? その辺に落ちてない? お前も探せ」
 でも、ミサイルは見つからなかった。Oさんは眉間にしわを寄せ、数分間も黙り込んでいた。ミサイル一本欠けているだけでコレだ。本当に浮き沈みの激しいオッサンだった。
 そこへ、救世主が現れた。やはりフリーのデザイナーをしているOさんの弟である。弟さんは英語がペラペラだった。Oさんは、直ちに弟さんに国際電話をかけさせた。海外のコレクターに当たって、ミサイルの揃った新品の“アト・アト”を取り寄せるためだ。電話中の弟さんの横で、Oさんは「ミサイル…ミサイルが2本揃っているか聞け…ミサイル…」と呟き続けていた(日本語で)。弟さんの熱心な交渉の末、完璧な“アト・アト”入手の商談がまとまった。笑顔の戻ったOさんは、
 「な? 英語って便利だろ? お前も習っておけよ。せめて、英語のできる奥さんと結婚しろ。な?」
 そういうOさんは、もちろん一言も英語を話せないのであった。
 「んじゃ、飲みに行くか!」

 「コイツと組んでさー、スター・ウォーズの偽オモチャ作るんだよ」
 飲みに誘った友人たち(たいていは音楽業界の人だった)の前で、Oさんはいつも口癖のように言っていた。ところが、僕の方はあまり気がすすまなかった。10センチ程度のフィギュアとは言え、原型を作るのは大変な手間なのだ。当時の僕に遊びでフィギュアを作る余裕は、とても無かった。「材料を探しています」とか、苦しまぎれな言い訳ばかりして結局は手を動かさなかったのだ。そうした引け目もあって、彼の事務所からは次第に足が遠のいていった。

 それから半年ほど経ったころ、Oさんから引っ越し通知の葉書が来た。葉書には、Oさんが“TOY”と書かかれたダンボール箱を持って走る洒落たイラストが描かれていた。その時は、またいつでも飲みにいけるだろうと思っていた。
 さて、都内から郊外のマンションに転居して時間に余裕の出来た僕は、久々にOさんの事務所に電話してみた。しかし、電話は止められていた。引っ越したはずの新居にも、どういう訳か電話は繋がらなかった。事務所の近くに用事があった時に立ち寄ってみたけれど、人の気配はなかった。
 “TOY”の箱を抱えて消えてしまう前に、キャンティーナのフィギュアを作ってやれば良かった、と僕は心から悔やんだ。あのオモチャと酒の日々から10年、キャンティーナのフィギュアも正式にメーカーから発売されてしまい、僕たちの企てもついえた。
 Oさんの事務所で彼の仕事を手伝っているとき、ふとOさんは窓の外に目をやって「世間は休日かー」と呟くことがあった。僕らフリーランスは“世間”から隔絶されていることが誇りであり、誇ったからには“世間”で死に場所を選ぶべきではないのかも知れない。

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数年前、映画『ブリスター!』の公式サイト用に書いた文章をリライトしてみた。
このOさんが、映画ではテラダというキャラクターとなって登場した。
テラダは中年なのにスケボー持ってたりして、本当にカッコいいキャラだった。

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