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2005年11月12日 (土)

「自転車」

 そのデザイン事務所は、地下鉄の出口を上がってすぐの場所にあった。地形の関係から坂道にめり込んだような、半地下の薄暗い空間だった。坂道を下ると、分室がある。私たちは、その分室と半地下の事務所とを行ったり来たりしつつ仕事をしていた。雨の日に坂道を往復するのは難儀だった。
 長い髪を左右に束ねた彼女は、少女じみた外見とは裏腹に、誰に対しても素っ気ない態度を通していた。その会社は小さな割に忙しく、彼女とはすれ違ってばかりで、話す機会は滅多になかった。

 ある日、彼女と帰りの駅で出くわした。二線の地下鉄が乗り入れている駅で、私は彼女と少ない言葉を交わした。「無理に送ってくれなくても、貴方、反対方向でしょ?」 確かにそうではあったが、彼女が乗り換える一駅までの間、一緒に地下鉄に乗った事が一度だけあった。彼女は帰宅ラッシュをぼやいたり、ありきたりな事しか話さなかった。ただ、別れ際に「送ってくれて、ありがとう」とだけ言った。もとより送ったつもりなどなかったので、ずいぶん意外に感じたのを覚えている。
  しばらくして、彼女は会社を辞めると聞いた。もっとも、そのデザイン事務所は辞めたアルバイトをすぐに雇う事でも有名で、彼女自身「どうせ、すぐに戻る」と周囲に触れ回っていた様だった。
 いつの間にか、彼女は来なくなっていた。私は、薄暗い半地下で仕事を続けていた。だが、それも長くは続かなかった。副業と思っていた文筆業がにわかに忙しくなり、アルバイトを続ける事が出来なくなったのである。彼女と再会できないまま、私は事務所を辞めた。そして、二度と戻らなかった。

 取材の日、たまたま例の駅で降りる機会があった。私はスーツを着ていたので、偶然に出くわした知り合いたちは就職したと思ったのだろう、露骨に冷やかしはじめた。私は彼らを無視して、懐かしい駅前に降りた。
 そして、取材先に向かうため、初めて坂道を下るバスに乗った(それまで、駅前にバス停がある事すら知らなかった)。 
 車内から、私は長い髪をなびかせて坂道を上ってくる自転車姿の彼女を見た。私と入れ替わるように職場に復帰したのであろう。あの事務所と分室との往復には、確かに自転車は有用な気がした。レモン・イエローのワンピースに白い靴下が、相も変わらず少女じみていて、私は思わず苦笑した。

 バスは坂を下ると、左側の道をゆっくりと曲がっていった。

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今日から、少しずつ趣味で書いた文章をUPしていく。
実体験ではなく、あくまで創作で、小説というには短すぎる散文ではあるが、数年間もハードディスクの奥に残しておいたものを外気に触れさせることで、自分の毒気を抜くことも出来るような気がしている。

カテゴリーを「創作」としたので、従来のメガ日記読者は無視していただいて構わない。

今の僕のテーマは、「壊し、乗り越えることで、新たにつくっていく」ことだ。
いずれ、ちゃんとした小説の連載も予定している。

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