2017年4月25日 (火)

■0425■

月刊モデルグラフィックス2017年6月号 発売中
0000000033332●組まず語り症候群 第54夜
今月は、ゲームズワークショップの「SPIRIT HOST」というプラ製ミニチュアです。
ゲームズワークショップさんのミニチュアを取り上げるのは2年半ぶり、二度目なのですが、あまりこの連載は読まれてないので、新しいプラモデルの形態を紹介するには、適していないのかも知れません。先月の「ハコルーム」も、あまり認識されていないのでは……。


レンタルで、黒澤明監督の『影武者』。
武田信玄亡き後、彼とそっくりの盗人が影武者に仕立てあげられ、屋敷で暮らしはじめる。
Detail_25_main映画がなかばを過ぎたころである。影武者は、信玄の側室二人に左右から囲まれて、酒を飲んでいる。「どうだ、最近のわしは顔が変わっただろう?」と、影武者が二人に聞く。「お顔は変わりませんが、お声が変わりました」「そう言われてみれば、お顔も少し……」と、側室が左右から影武者の顔をのぞきこむ。自分から問いかけておいて、影武者は正体がバレるのではないかと焦りはじめる。
このシーンをどう撮っているかというと……

●真正面から影武者のバストショット。
●右からのロングショット(上の画像)。
●左からのロングショット。

この三方向のカメラから、側室に囲まれた影武者を撮っている。左右から、同じサイズで人物を撮って、会話の途中で、頻繁にカットを切り替える。すると視点が複数になり、影武者が「左右から交互に見られている」ように感じる。ひとつひとつのカットは安定した構図で、ごく当たり前の落ち着いた画である(上記画像のとおり)。
しかし、左右から撮った画を交互に繋ぐと、せわしない動きと時間が加わり、「焦り」が生じる。

ウソだと思ったら、このシーンだけでも見てほしい。信玄をよく知る側室に左右をふさがれ、さらに左右からカメラで撮られることで、影武者の「正体がバレてしまうのではないか?」という焦り、居住まいの悪さが、映画に芽生えはじめる。映像として物理的に捉えることのできない感情を、構図と編集だけで可視化している。


「もはや、ここまで」と腹をくくった影武者は、「わしは信玄の影武者なのだ」と側室たちに明かす。だが、側室たちは信じない。「おたわむれを……」と笑いだす。「いや、本当だ。わしは雇われただけなのだ」と繰り返す影武者だが、やがて側室たちと一緒に笑いだす。
僕は、このシーンを二度見て、二度泣いた。映画の機械的原理(構図とカット)と文学的な描写(セリフと演技)が見事に連携して、十全に「感情」を表現していることに、心打たれた。

なにも、登場人物に共感するから泣くとはかぎらない。表現が、そのメカニズムを十分に生かしている瞬間、人間の知恵と工夫の素晴らしさに感動することがある。芸術を味わうとは、こういう瞬間を言うのではないだろうか。
多くの感動は、おそらく表面に露出した「機能」によって喚起されている。だのに、僕たちは「表層」を見ようとしない。「表層」を無視して、いきなりテーマやストーリーに触れたがる。抽象的な感想を語ることを「答え」だと思っている。小学校で、頭の悪い教師たちから刷り込まれた態度を、何十年も改めようとしない。感覚が鈍磨していることに気づかない。大人になっても勉強しなければ、感覚など鈍って当然だ。

怠惰なくせに、他人の「頭の良さ」には敏感で、嫉妬深い。「努力など無意味」「恵まれているのは一部の天才だけ」と安易なニヒリズムに陥っている。僕らは、手に負えない、救うに値しない矮小な獣に育てられた。
だから、灰色の学校を抜け出して、映画を見る必要があった。暗闇で、得たいの知れないものたちに対峙する必要があった。
曇りのない本当の答えは、汗と泥の中に埋もれていたんだ。
僕は、何度でも思い出す。無限に映画を見る。見ては疑い、疑っては探す。世界を美しくしているメカニズムを、裸眼で直視するために。

(C)1980 TOHO CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

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2017年4月24日 (月)

■0424■

アニメ業界ウォッチング第32回:“自分の創作の原点に立ち返りたい”――いま、山本寛監督が「薄暮」をつくる理由
T640_726752孤立無援、徒手空拳でありながらも、決して絶望はしない山本寛監督。今回はクラウドファンディング企画『薄暮』の話ですが、僕自身も震災後に救援物資の搬送や現地の方への取材を行い、あげく『マイマイ新子と千年の魔法』の上映会まで開催してしまった福島県いわき市が舞台……と聞いて、「これは取材させていただくしかない」と、3年ぶりに連絡をとりました。
記事掲載後、支援額が1,300万円を超えました。取材した時点では、700万円でした。この数字の伸びは、「物言わぬ支持者」の存在を示唆していると思うのですよ。


昨日は、17日から一週間にわたって開催されてきた『三鷹在住の漫画家 宮尾岳 複製原画展』の最終日でした。
14時からサイン会で、宮尾先生と約束した13時に三鷹コラルに行くと、すでに閲覧用のファイルにセル画を整理されているところでした。「セロテープと貼っても剥がせるテープがあればなあ……」とおっしゃるので、コラル三階まで買いに走りました。

あとは、『アオバ自転車店へようこそ!』最新刊の表紙に書かれている自転車のオーナーさDscn3883んが、コレクションを二台も持ち込んでくださり、コラルの方が周囲にチェーンを設置するのを手伝ったり……。
そうこうするうち、サイン会を主催する啓文堂書店さんがお客さんを整列させるためのテープを床に貼ったり、ネームを記したノートを設営したり、サインをするのに疲れないような当て木を用意したり、飲み物とコップを並べたり……と、プロの仕事を見せてくれました。
人員整理は僕がやらないといけないのかと思い込んでいたので、整理券順にお客さんを呼ぶ段取りの見事さに、安堵感をおぼえました。


もうひとつ、「展示しなかった複製原画をプレゼントにしよう」と提案したら、宮尾先生がDscn3951ご自分でジャンケン大会を始めたこと。これも、僕が「自分でやらないとダメかな」と思っていたので、先生のコミュニケーション能力の高さに、感服させられたのでした。
サイン会では、少年画報社の方たちがサポートについていたので、僕は写真を撮りながら、ブラブラしていられました。
こんな風にして、さまざまな方面からプロが集まって、何十人というお客さんの集まった会場を取り仕切って、誰もが不愉快な思いをすることなく、笑顔で晴れた日曜日を楽しむことが出来たのです。

一時間半後にサイン会が終わると、関係者の皆さんは4階の飲食店街の「柏や」さんで、休んでいました。僕は席がなかったので、いちど帰宅して、18時からの撤収作業へ向かいました。
そのとき、展示会のデザインと施工を担当してくれた「もくきんど工芸」の方が、「お疲れさま」と笑顔で肩を叩いてくださいました。その瞬間、「自分の仕事を、ちゃんと終えることができた」と実感して、一年ほどかかった準備の日々を想起しました。


お客さんとして訪れてくれたレナト・リベラ・ルスカさんが、僕が取材をうけた番組(J:COMチャンネルの「デイリーニュース 武蔵野三鷹」)の画面を、撮影してくれました。
Camw_vyaal_p9この取材の日は、たまたま宮尾先生が三鷹にいなかったので、やむなく僕が対応しました。地元だからこそ、フリーランスだからこそ発揮できる機動力です。
そもそもの発端は、三鷹駅前でアニメやマンガのイベントをできないか?と、地元の市議会議員に相談したことでした。その日、議員は三鷹コラル商店会の理事とアポをとっていて、引き合わせてくださったのでした。

何度か打ち合わせするうち、宮尾岳先生の名前を僕から出して、「連絡をとってみましょうか?」と提案しました。それが、一年ぐらい前です。先生とお会いするうち、イメージキャラクターや原画展の話が持ち上がり、少年画報社に連絡して、先方へ打ち合わせに行ったら、地元側から「そんなに性急に事を進めないでほしい」と、ストップがかかりました。
地元側の体制を固める間、半年ぐらいブランクがあったと思います。「予算が確保できそうなので、地元向けの企画書を書いてほしい」というオーダーがあり、そこから再始動です。


宮尾先生と少年画報社の担当者と再会し、「三鷹のことを描いた『アオバ自転車店へようこそ!』特別篇を描きましょう」「これから描くとなると、ちょうど開催時期に掲載誌が発売されますから」という話がまとまり、ネームを送っていただき、どれぐらいのボリュームの展示会になるか考えます。
三鷹コラルさんは「20枚は展示できる」と言います。僕としては、モノクロ原画だけでなく、カラー原画も展示したい。コラルさんは「三鷹の風景を描いた絵なら、写真と対比させたい」とおっしゃいます。では、写真はいつ誰が撮るのか、検討します。
カラー原画については少年画報社さんに相談し、複製原画を受けとりに行く日時も決めます。

どんどん時間がなくなっていくので、デザインをしてくださる「もくきんど工芸」さんとお会いして、少ない時間と労力でベストな形になるよう、図面を見ながら仕様を決めます。誰に何を見せたいかでデザインが決まるので、余計を要素を落として、どんどん決断していきます。
その翌日、宮尾先生とお会いして完成原稿のPDFを見ながら、16枚の原画と4枚のカラー原画を選び、それぞれ解説をお聞きして、すべてのコメントを録音します。

帰宅してすぐ、録音データを聞きながら、展示する原画に合わせて書き起こしていきます。宮尾先生からお借りしたロケハン写真があるので、それも原画と対応させてラフを作成します。いつも、本業でやっていることなので、要領はつかんでいます。その日の夜、宮尾先生に原稿を読んでいただき、赤字を反映させた完成テキストを「もくきんど工芸」さんに送り、パネルを作っていただきます。
Dscn3721_257316日夜、設営作業に立ち会いました。
しかし、パネルが出来るまでの間、送信した画像データの確認だとか、新たに加える要素はないのか等、ひっきりなしにやりとりが続きます。設営時には、写真があるパネルを2Fに、それ以外は4Fに貼るよう、お願いしました。人通りの多いところに三鷹の写真を貼ったほうが、地元の方の興味を呼べるからです。
……こうして思いかえすと、中学や高校で熱心に取り組んでいた文化祭に似ているのかも知れません。

僕自身は、何か創作できるわけではありません。だからこそ、創作できる方に、強いリスペクトを感じるのです。その気持ちが、原動力になっているのではないでしょうか。
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2017年4月22日 (土)

■0422■

立川シネマシティで、『キングコング: 髑髏島の巨神』。
640僕たちはもう、何が出てくるか分かりきっているSFX映画に、文脈を期待できないのかも知れない。『ジュラシック・ワールド』は、テーマパークなので、島に行けば恐竜が鑑賞しやすいポジションで待ってくれている。物語内の設定がどうとか言うより、映画としてストレスを感じさせないよう、プロット上の段取りを省いているかに見える。
『フォースの覚醒』では、30年も昔に使われていたミレニアム・ファルコンやXウィングなどが、「お客さんの要望に応えて」何の説明もなく登場した。
3Dや4DXにお金を払って「娯楽映画なのだから細かい理屈はさておいて」とレビューに書きたい観客にとっては、文脈をすっ飛ばしてモンスターやメカニックが出てきたほうが有難いのだろう。

『キングコング: 髑髏島の巨神』では、巨大クリーチャーたちが、拍子抜けするぐらいストレートに現われる。コングは、どこで寝て、どこをどう歩いて生活圏を獲得しているのだろう? そもそもエサはどうしているのか? 突如として海から這い上がってくるが、島の周囲は、そんなに深い海ばかりなのか?
たとえば、宮崎駿という人は、「ここからここまで歩くのに、これぐらいの時間が必要」と、いちいち考えながら「娯楽映画」をつくってきた人だよね。宮崎アニメを見て育った人が「娯楽映画なんだから、細かい理屈は置いといて」などと虫のいいことを言っているのを見ると、軽い虚無感をおぼえる。(もちろん、宮崎アニメを好きとか嫌いとかの問題じゃない。)


さて、『キングコング: 髑髏島の巨神』で、僕らはハイエンドなCGを目撃しに来たはず。
この映画を観にいく動機も結果も「すごいCGを見た」に尽きる。その「見る」という映画の外側の行為を、ブリー・ラーソンの演じる戦場カメラマンが、映画の内側でトレースする。
640_1彼女はカメラを手に、島の原住民や第二次大戦からの生き残り軍人などにカメラを向ける。モンスターには、たった一度しかカメラを向けていない。つまり、彼女だけが観客とは違う視点をもっている。彼女のセリフは多いとは言えないが、モンスターではなく人間を見つめつづける、撮りつづけることで、ドラマが発生している。

この映画のラストは、キングコングの勇姿で終わっているけど、エンドロールが流れはじめると同時に、第二次大戦中に島に流れ着いた老人が、十数年ぶりに実家に帰るシーンが16ミリ・フィルム風の荒れた映像でインサートされる。老人は、夢に描いたとおり、ビールとホットドッグを手に野球の試合を見ている――このドキュメンタリックなシーンが無理なく成立しているのは、ブリー・ラーソンが彼の写真を撮るシーンがあったからだ。
「物事の最前線でカメラを構える」行為が、「16ミリ・カメラで撮ったような自然な映像」の質感に、きれいにバトンタッチされている。
つまり、「島に流れ着いた老人がアメリカに帰宅する」傍流のプロットだけが、しっかりと文脈を保っている。見世物映画としては、あってもなくてもいいようなプロットなんだけど、「見る」描写の積み重ねから人間臭いドラマが生じていく過程には、感動させられた。


レンタルで、押井守監督の『ガルムウォーズ』も観た。
640_2CGがバレバレだと言われるだろうけど、たとえばミニチュア特撮映画を撮りたい人は「本物みたいだ」ではなく、「凄いミニチュアだ」と言ってほしいんじゃないかな。
『ガルムウォーズ』は企画当初、ミニチュアもCGも使うハイブリッドな作品だったと聞く。だったら、冒頭の戦闘シーンは、CGバレバレぶりを楽しむのが正解なんだろう。あんな奇想天外なデザインやギミック、本物と誤認させられるわけないんだから。

同じように、キャラクターたちの甲冑も『紅い眼鏡』のころと変わらない、一点豪華主義だと割り切って見るべきだと思う。「お金かけて甲冑を作ったんだから、後は見逃してくれ」ってスタイルは、ぜんぜんアリ。それとは別に、第三章の森の中のシーンは、人工的な美しさに溢れていて、ちょっと陶然とさせられた。
水面に木々が映るカットなんて、まるでタルコフスキー。この手の低予算SFX映画で、水面のアップなんて普通は撮らないじゃん。そこに「SFXとコスプレが売りの映画だけども、映画としての自我だけは保ちたいんだ」という押井監督のアテイテュード、彼の美学や矜持がギッチリと込められているように感じた。
(C)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC., LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS, LLC AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED
(C)I.G Films

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2017年4月20日 (木)

■0419■

1973年のイングマール・ベルイマン監督作品『叫びとささやき』を、レンタルで。
Viskningarochrop19721 このスチールのような、床も壁も赤い屋敷の中で、三姉妹の幸せとは言いがたい人生の結末が描かれる。
フェードアウトもフェードインも、黒ではなく赤い画面に被写体が溶け込んだり、出てきたりする。この映画の世界は、ベースに赤い色がある。黒ではない。(当然、タイトルバックも赤である。)
人物が赤い壁をバックに立っていると、俳優の眼の隅や唇の赤みが気になってくる。つまり、壁や床の赤色は血の色なのではないか……と思いはじめた矢先、人物のひとりが、自分の体をガラス片で傷つけて、血を顔に塗る。もうひとつ、腹にナイフが刺さって、シャツが血に染まるシーンもある。
もし、背景が普通の屋敷だったら、これらの流血描写は、何らの象徴性も帯びなかっただろう。

流血シーンと考えあわせると、この屋敷の壁や床は、皮膚をはがした生肉の世界、「内側」の世界と捉えられる。医者と不倫している次女の回想シーンで、彼女は赤いドレスを着ている。その頃のほうが内面に忠実に生きていた……という暗喩に受けとれる。それを敷衍する、医者のセリフもある。
映画の9割を占めるのが赤い「内側」の世界だとしたら、まだ母親が生きていたころ、三姉妹が仲良くしていたころの回想シーンが庭や林の中といった「外側」であることに、意味が生じる。「あの頃は、みんなが幸せだった」という文学性が、セット/ロケといった撮影手法によって、初めて加わるような気がする。

僕は、映画の表層、「何が眼に見えているのか」を、もっと語るべきだと思っている。映画は面と時間によってしか成立できないからだ。


立川シネマシティで、『夜よ短し歩けよ乙女』。
以前にも書いたように、押井守監督は自作『うる星やつら オンリー・ユー』を「でかいテレビ」だと感じて、『ビューティフル・ドリーマー』で心機一転した。テレビ・フォーマットから始まって、どうすれば「映画」に着地できるか、総集編以外の経路からアプローチした。
それには「(実写)映画」に対する洞察力が欠かせなかったんだと思う。アニメ映画は、数ある映画ジャンルのひとつに過ぎないのか。それとも「アニメ映画」の中に、もっと多くのジャンルがあるのだろうか? (ここでいうジャンルとは「日常系」とか「ファンタジー」って意味ではなく、止め絵とモノローグが延々と続くだけのような実験性の高いアニメも「アニメ映画」に含まれるのか?という形式の問題。)


ひょっとして、絵柄やキャラデがどうであれ、日常芝居の巧みな一部のアニメが、「劇映画」の仲間入りをさせてもらっているに過ぎないのかも知れない。
だとしたら、それはそれで真摯に受け止めないといけない。「アニメだからって差別するな」というスタンスは無力なので、実写映画に匹敵するような「質」と「密度」を、作画や演出で獲得しなくてはならない。
上映時間を90分~120分に設定したから、何でもかんでも「映画になる」とは、僕はまったく思わない。上映時間に見合った設計が必要だと思う。監督がのほほんと作っていても、プロデューサーにパッケージングのセンスがあるとか、製作委員会の誰かが「これでは映画にならない」という問題意識をもっていないと、「なんとなく、上映時間をアニメ絵でつぶしました」という事態に陥ってしまう。

『君の名は。』の場合、仮に新海誠監督が「いつもの調子」でつくっていたとしても、川村元気というプロデューサーが東宝系の映画館を空けさせるだけのキモ、セールス・ポイントをつかんでいた。新海作品は「質的に映画になり得る」と、彼は確信していたんだろう。
だけど、そういう確信をつかんだうえで、自覚的にアニメ映画がつくられる例は、まだまだ少ない気がする。
(C) 1972 - Cinematograph AB

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2017年4月17日 (月)

■0417■

Febri Vol.41 明日発売
10437175a●Febri Art Style
今回は『リトルウィッチアカデミア』の美術監督、野村正信さんにインタビューしました。
美術ボードだけでなく、初期のコンセプト・アートも掲載させていただきました。


いくつかの原稿、宮尾岳先生の原画展準備、どちらも一段落したので、新宿ピカデリーで『ゴースト・イン・ザ・シェル』。
640_2士郎正宗さんの『攻殻機動隊』の映画化ではなくて、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の実写化。ラストには、川井憲次さんのあのテーマ曲が流れるので、オマージュとか、そういうレベルではない。

クゼというキャラクターが出てくるけど、『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』は関係ない。人形使いの立場を占めるオリジナル・キャラクターが、たまたまクゼって名前なだけ。(素子と出自が近いという点では、確かにクゼなんだけど……果たして、そこまで考えてるのかな?)

アクション・シーンのカット割りばかりか、ビルの谷間から見上げる飛行機のシルエットなんていう、押井監督オリジナルのレイアウトを丁寧にコピーして何がしたかったのかというと、ようするに「95年の『GHOST IN THE SHELL』のクールなアクションは絵に過ぎなかったけど、あれは俳優とCGを使った実写映画として残すべきだよね」程度の動機だと思う。
2D作画の日本のアニメは、しょせんはマイナーであって、「カートゥーンのくせに暴力や裸が出てくるなんてクールだよな」という受け方をしているのであって、電脳空間に流れる情報の海から生命が生まれるなんて文学パートは、やっぱり見てなかったんだなあ……と、ちょっと苦笑してしまった。

原作や劇場アニメのドラマツルギーは継承されてなくて、「私の身体は機械かも知れないけど、心は人間」みたいなモノローグが入って、公安9課の戦いはまだまだ終わらない!という頭の悪いポジティブなラストは、ちゃんとハリウッド娯楽映画になってるじゃん?と、それほど悪い気持ちはしなかった。


士郎正宗さんの『攻殻機動隊』は、電脳化や義体化を積極的に受け入れる楽観さがあって、ドラッグやセックスの描写に嫌悪感をおぼえつつも、「とても尖った価値観だな」と圧倒されもした。
続編の『攻殻機動隊2』は、突き抜けた楽観性が、より加速しているような気がした。なりふり構わぬ快楽至上主義が、芸術的なまでに下世話なエロを追求した『PIECES』に繋がっていくんだろう。 

電脳とか義体というアイデアは30年前のものなんだけど、その設定を使って人間が際限なく快楽を求めたり、無限の利便性に甘えきる泥沼のようなパラダイスを描いたから、いまだに『攻殻機動隊』は新しい。というより、誰も『攻殻機動隊』の価値観を刷新していないというだけの話。
いつもいつも、映像作品では「機械の身体より生身のほうが尊いに決まっている」「テクノロジーの発達に振り回されてはいけないのだ」という保守的なヒューマニズムに陥ってしまい、今回の『ゴースト・イン・ザ・シェル』も同じであった。
プロデューサーのひとり、マイケル・コスティガンは、あのハードコアな『悪の法則』を製作しているんだけど、今回は発言権が弱かったのかな。

アニメはともかく、日本のマンガって、おそろしく先鋭的なんだと思い知らされた。それを実感できただけでも、新宿ピカデリーに行った価値はあった。
(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

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2017年4月15日 (土)

■0415■

4/17(月)~4/23(日) 宮尾岳 複製原画展 開催!

17796561_1940561366172667_6280010_2 「ミタカ・クリエイターズ・エキスポ 2017春」として、三鷹在住の宮尾岳先生の複製原画展を開催します。場所はJR三鷹駅南口すぐ、三鷹コラル()です。2Fと4Fに、計20枚の複製原画(『アオバ自転車店へようこそ!』最新話数)を展示します。それぞれの原画には、宮尾先生の解説コメントがつきます。
入場無料。

また、23日(日)の14時から、宮尾先生のサイン会を2Fロビーにて開催します。整理券は、3Fの啓文堂書店さんにて配布中!
原画展では、宮尾先生のデザインした「三鷹コラルのイメージキャラクター」も初公開します。


シン・ゴジラWalker 完全形態 発売中
一冊目がとても売れたそうなので、二冊目にもコラムを書いています。
映画『いまを生きる』のラストシーンから、話を始めています。

【懐かしアニメ回顧録第29回】セルと3DCGとの共存は可能なのか? OVA「青の6号」が混沌のすえに獲得したテーマとは?
『青の6号』後半は、海に住む異界のクリーチャーたちとの共存がテーマとして浮上していきますが、それは3DCGという異物を抱えながら制作していたがゆえに表出したのではないか、という論旨です。異質な制作状況が、逆にテーマを絞り込んでいくこともあるのではないか、と思います。
それは『青の6号』を好きとか嫌いとかいう次元の話ではなく、この時代、この作品に固有の価値です。どんな作品にも、必ず固有の価値があります。それを発見し、伝えられる人間になりたいと思っています。


レンタルで、韓国映画『オールド・ボーイ』 。
Oldboyhammer旅先に持っていった本に、カット単位で演出を詳述してあったので、気になっていた。その本には映画の「あらすじ」はラストまで記してあったが、それでスポイルされるものなど何もない。「どのような手段で語っているか」に集中して観ることができた。それぐらい、明示的・暗示的な「意図」が散りばめられた映画。

復讐鬼となった主人公が、あちこちに敵の手がかりを求め歩く。彼の背後で、ドアが開く。ドアに付けられたベルが「チリン」と鳴る。直後、自転車のハンドルに付けられたベルが「チリン」と鳴るショットが、インサートされる。
それを合図に、回想シーンが始まる。少女が自転車に乗って、校庭を走っている。まだ中学生の主人公が、鉄棒にまたがって、彼女を見ている。彼は、鉄棒に逆さにぶらさがる。上下が逆になった絵で、校庭を走る少女の姿が見える。


このような美しい反復が、あちこちで繰り返される。なので、「あらすじ」は反復の中に埋もれて、見えづらくなっている。「あらすじ」は、いくつもの反復を着火させるための導火線でしかない。
反復の中に、小さなドラマが線香花火のように、咲いては散っていく。その演出効果をひとつひとつ記していったら、確かに一冊の本になってしまう。

『オールド・ボーイ』はカンヌ国際映画祭で、審査員特別グランプリを受賞した。特に、タランティーノが絶賛した。タランティーノが好んだことが、ひとつのバロメーターになる。ほとんどの映画は、自分が映画であることに無自覚だけど、彼の愛する映画は観られることを意識している。どのように映画文化の中に受容されたいのか、自覚している映画が多いように思う。
タランティーノは、やたら映画ランキングをつけたがるので、彼の好みをガイドラインに観ていくのも面白いかもしれない。

(C)2003 SHOW EAST

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2017年4月12日 (水)

■ケアンズ旅行記-9■

■4/7-2 RED ROOSTER
タクシーに乗るには、ケアンズ・セントラル前か、リーフ・フリート・ターミナル近くのカジノ前に行けば、たいてい止まっているという。確かに、カジノ前に一台、止まっていた。
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しかし、タクシーにしておいて良かった。市内を30分ぐらい走った、とんでもない場所に最後のホテルは建っていた。奥に見える山が、おそらくキュランダであろう。
ホテルとケアンズ・セントラルの間に、小さな循環バスが通っている。バス代は片道5ドルである。とりあえず、ホテルの周辺に食事できる場所はないか、探す。

信号を渡った向こうに、RED ROOSTERという看板があった。ファストフード店のようだ。店内では、子供をたくさん連れたお母さんがにぎやかに食事していた。
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チキン・ハンバーガーとスパークリング・ウォーターで、9.28ドル。
ここのおばちゃん店員が、アボリジニ……ではないと思うが、色が黒くて、しっかりした骨格をしていた。とても親しげで、感じのいい人だ。

店はここだけか……と思っていると、大きなショッピング・モールがあった。
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店内には、美容室まである。地元民のための店で、ホテルの客らしき人は見かけない。
フードコートや寿司屋、スーパーもあるので、夕食はここで調達できそうだ。とりあえず、ビールを買って、部屋に戻る。

■4/7-2
昼ビールをやりながら本を読んでいるうちに、うとうとと眠ってしまった。
誰かがドアをノックして、合鍵であけて入ってきたので、びっくりした。色の黒いお姉さん従業員が、「誰もいないと思ってたんです、すみません」と、親しげな笑顔で謝る。コーヒー用のクリームを部屋に置きたいのだという。まったく怒る気になれない。やはり、人間の笑顔は最強である。

夕方、ふたたびショッピング・モールへ行ってみた。フードコートは、どこも材料を切らしていて、開店休業状態だった。スーパーにも、めぼしい食品はない。爪切りとヒゲを手入れするためのハサミを買った。本屋で、模型雑誌などを見てみる。
それから、再びRED ROOSTERへ行く。さっきのおばちゃんが「Hello again.」と笑ってくれる。いちばん大きな、チキン・メガボックスをテイク・アウトで。
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このとき感心したのは、ドリンクを選んでレジの近くに置いておいたら、おばちゃんが「温まってしまったから」と、冷蔵庫から新しいドリンクを取り出したこと。こういう小さな気づかいに触れているうち、僕の人間観が良い方向へ向かっていくような気がする。

残ったビールで、チキン・メガボックスと格闘していると、またしても壮絶な雨。うっかりケアンズの中心街に出かけなくて、よかった。

■4/8
なるべく早く空港へ向かいたいので、朝5時に起床。バスタブに、たっぷりのお湯を入れる。
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(ホテル前の朝焼け)
朝食は6時半から。7時の循環バスに乗りたいので、ちょっと早めにカフェへ行ってみる。朝食代は宿泊費に含まれているのに、フィッロイ島のホテルを上回るぐらい豪華。温かいメニューがいっぱい。コーヒーも、美味しかった。

ホテルの前でバスを待っていると、中国人観光客が写真を撮りあっていた。それはいいんだけど、「痰を吐かないでください」「煙草を吸わないでください」と中国語で注意書きが出ているのに、中国人のオッサンたちは思い切り痰を吐き、煙草の吸殻をそこらへんに捨てていた。
サービスの行き届いたホテルなのに、残念だ。

循環バスには、僕ともうひとり、日本人女性が乗った。運転手も日本人で、女性客と話していた。彼女は昨日はグリーン島へ行き、今日は市街で買い物してから、空港へ向かうのだという。運転手の男性が、とても優雅で丁寧な話し方をするので、すっかり感心してしまった。
ケアンズ・セントラルで下車し、タクシーに乗り換えて空港へ向かう。
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朝の10時だけど、一本だけビールを頼む。俺の旅行なんだ、最後ぐらい好きにさせてくれ。ビールとローストビーフ・ロール。

今回は初めて、行きたい場所ではなく、「近い」「安い」という理由で旅行に出た。
仕事に追いまくられ、旅程もホテルもバタバタで決めた。事前の確認不足と勘違いのため、余計な不安に陥った。だけど、人に救われた。
楽観と悲観の使い分けを、学んだような気がする。どんな目に遭おうと、僕は海外にいるときの自分が好きだ。今度は行きたい場所をしっかり目指して、できれば秋ぐらいに出かけたいと思っている。最後までお読みいただき、ありがとう。

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■ケアンズ旅行記-8■

■4/6-1 HOT BREAKFAST
フィッツロイ島、二日目。ひょっとして、朝焼けの海がすごいのではないかと外へ出てみたが、陽は山側から登るので、そういうことはなかった。Dscn3408_2115Dscn3409_2116Dscn3411_2118

朝食は、ホテルで別料金を払わねばならない。CONTINENTALが大人19.50ドル。HOT BREAKFASTが、27ドル。それなりの値段なのに、とりたてて美味しいわけでもない。Dscn3406_2113
卵料理はスクランブルエッグか目玉焼きを選べるのだが、目玉焼きが美味しくない、注文が面倒、自分で取りに行かないとダメ……。
特に良くないのは、CONTINENTALを選んだお客さんは、自分で注意して料理をとらねばならない(うっかり、HOT BREAKFASTのメニューをとってしまわないよう、注意せねばならない)。製造側のコストを、お客さんに負担させているところ。

夕食はバーでとろう、明日の朝食は自分で調達しようと誓って、島の西側にある灯台までの山道を登るために出発する。

■4/6-2 山道
山道は、どのガイドブックでも、現地でもらうパンフレットでも薦められている。
Dscn3416_2123
朝9時ぐらいに登りはじめたのに、山を降りてくる人が何人もいる。一周5時間かかるはずなのに、なぜ? 白人の男性がすれ違いざま、「歩くのはキツいぜ」と苦笑していたので、やっと分かった。
みんな、坂道が苦しすぎて、途中で引き返してくるのだ。僕も「これは死ぬな」と悟り、引き返した。すれ違いに登ってくる若い男女は、すでに息を切らして死にかけていたので、僕からは「上の看板を見たら、引き返せ」とだけ言っておく。

一日ツアーの客が山道へ向かっていったが、絶対にやめたほうがいい。

泳げるわけではないので、砂浜でボーッとする。ほかにもボーッとしている人たちが何人かいる。
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しかし、たちまち雨になる。ホテルで雨宿りして、そろそろ止んだかと思うと、今度は叩きつけるような土砂降り。屋内の卓球やゲームセンターで遊んでいる人たちが、何人かいた。
プールサイドで休む客のために飲み物を出す店で、缶ビールを買おうとした。すると、プールサイドを閉めるから、ウチも閉店だと断られる。なんとなく、全体にこのホテルには愛情がない。

レストランの前には、ディナーについては「要予約」の看板が出ていた。この看板を見ずに、いきなり夕食に来た客は空腹のまま、朝まで待つことになる。こういう態度には、いろいろ考えさせられる。

■4/6-3 Foxy's Bar
まずは、明日の朝食のために、土産物屋でミネラルウォーターとサンドイッチを買い、ホテルの冷蔵庫に保存しておく。
まだ早い時間だが、バーでビールを飲む。夕陽は望めそうもないので、山側に奥まった席で読書する。
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土砂降りなので、少年たちが店内のビリヤードで遊んでいる。このバーは居心地がいいので、ついつい長居してしまう。
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すでに夕方のディナータイムである。たぶん、店でいちばん高いビーフステーキを頼む。ビールも、もちろん追加で。合わせて、42.90ドル。猛烈に美味い。

この店には、ヒゲの青年とスラリとしたお姉さんが客の相手をしていて、僕は青年と接することのほうが多かった。なんとなく、お姉さんは冷たそうな気がしていた。
ところが、僕がビールのジョッキとお皿を片づけようと運んでいたら、「Thank you so much.」と、素晴らしい笑顔で受けとってくれた。「Would you like~?」と聞かれたが、後半が聞き取れなかった。何だろうな。ビールを薦められたのだろうか。なにか社交辞令だろうと思い、聞き返さなかった。

ともあれ、フィッツロイ島に行く人には、「ホテルから離れたFoxy's Barなら、丸一日、気軽にすごせる」と、お勧めしておきたい。店で何も買わずに座っていても、まったく怒られない。晴れていれば、見事な夕陽が楽しめる。

■4/7-1 フェリー
朝9時半のフェリーに乗りたいので、早起きして、冷蔵庫にいれてあったサンドイッチで朝食。しかし、カチコチに凍っていた。
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天気はよくない。降ったり止んだりである。
フェリーについては、前日にレセプションで話して、無料で乗られると確認してある。しかし、チェックアウト時に、とんでもない金額をとられた。カードで支払ったが「?」と思って、レシートを確かめる。なんと、宿代であった。予約時に支払済みと思い込んでいた。
Booking.comで予約したのだが、現地で支払えとは一言も書いていない。これは結構、怖い。

桟橋では、前々日にフェリーの乗り方を説明してくれた青年が待っていた。彼の笑顔は、本当に素晴らしい。人間、笑顔がよければ、何でも乗り切っていけるような気がする。
そして、このフェリーには、なぜか子供の従業員がいる……。大人のスーツケースを、どんどん船に積み込んでいる。それを見ていた白人のお父さんが立ち上がって、子供従業員を手伝いはじめた。それを見ていたお父さんの子供(10歳ぐらい)も立ち上がり、一緒にスーツケースを運びはじめた。ハゲのアジア人が入り込む余地はなかったが、それは人間を好きになれる、美しい光景だった。

フェリーの露天席には、その親子連れのほか、老夫婦と若いアベックがいた。やや遅れて、70歳ぐらいの老人がひとりで乗り込んできた。彼がいちばん、僕に近い。
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出航時には晴れていたのに、たちまち強い雨となる。ともあれ、無事にケアンズに帰りついたので、最後のホテルに向かう。

(つづく)

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■ケアンズ旅行記-7■

■4/5-1 チキン・タンドリー・ロール
前日の夜は、ピザとポテトチップ、ビールを部屋で飲食し、すっかり油断したまま眠った。
リーフ・フリート・ターミナルは8時に開くので、スーツケースをガラガラと引きずりつつ、7時前にホテルを出た。フィッロイ島行きのフェリーは、9時に出発する。
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雨が降っているので、荷物と傘で両手がふさがっていたが、なぜか苦に感じない。

受付の前で待っていると、アイドルのように可愛らしいアジア人の女性社員が「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながら駆け寄ってきた。「あと15分ぐらいで開きますから、待っててください!」と、えらく申し訳なさそうな顔をする。
難なくフェリーの往復代、77ドルの支払いを終え、チケットを受けとった。僕の予約したフェリーは、日帰りツアー専門だ。ちょっと無理を言って、二日後の夕方に帰れるようにしてもらったのだ。
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油断しているので、チキン・タンドリー・ロールで朝食をとる。店員のお姉さんの、スラリとした脚に見とれる。雨は、降り止まない。

■4/5-2 悪天候
僕は、日帰りのツアー客たちと一緒に、フェリーに乗った。「スーツケースはエンジンの上に置いてくれ」と言われる。こんな大きな荷物を持っているのは、僕だけだ。
フィッツロイ島までは、50分ほどだと聞いている。船は、荒波にもまれながら進む。ようやく陸地が見えてきた。意外と、建物が多い。ホテルが一軒しかない孤島のはずだが、かなり都会っぽい雰囲気だ。
それもそのはず、フェリーは悪天候のため、ケアンズまで戻ってきてしまったのだ。ツアー客たちは払い戻しを受け、ランチを受けとって、苦笑しながら帰っていく。だが、僕はどうなる?

窓口でホテルのバウチャーとチケットを見せると、さっきのアイドル顔の社員が口に手を当てて、顔面蒼白になって、あちこちに電話をかけまくった。
鍛えられた肉体のお兄さんが裸足で現れ、僕のスーツケースを運んでくれる。シャワーのような雨の中、「すばらしい天気だね」と笑う。そのお兄さんに着いていくと、別の会社のフェリーが出港するところだった。これでフィッツロイ島まで運んでくれるらしい。

■4/5-3 フィッロイ島
何がどうなっているのか、フィッロイ島に着くと、ウソのように雨があがっている。
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ホテルは、桟橋を渡ったところにあった。
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映画館や、ゲームセンターもある。
ただし、僕の部屋は少人数用で、窓は山側を向いている。大人数用の部屋は、海側にベランダがある。とりあえず、ホテルから砂浜へ出てみる。
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小さな土産物屋があったので、そこでジンジャービールとサンドイッチを買った。カードで買うことが出来た。さらに林の奥へ進むと、酒や軽食を出すバーがあった。「海の家」のような店だ。
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そのバーでは、飲み物を前に読書している女性がいた。なるほど、そういう時間の過ごし方もあるのか。

しかし、僕は島の東側に伸びる、シークレットガーデンという小さな小道を歩いた。
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道の奥には、小さな滝があった。まあ、こんなもんだろう。もう一本、ヌーディビーチという小さな砂浜へつづく道があったので、そっちも歩いてみた。
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少しずつ、陽が出てきた。泳げるわけではないので、さっきの女性のように、ぼんやりと読書するのもいい。
ホテルに帰ろうとすると、フェリーが泊まっていた。帰りは夕方まで待たずに、あれを使うことは出来ないだろうか? 桟橋で雑談している従業員に「ホテルの客ですけど、その船に乗れますか?」と聞いてみた。
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とても気さくな笑顔のヒゲの若者が、「乗れるはずですよ。9時半と12時半と5時半にフェリーが出るから、先にレセプションに申し出てね」と、ハキハキと説明してくれた。 

■4/5-4 夕陽
いちどホテルの部屋に戻り、ふたたび海岸を歩き、バーに着いた。
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特大サイズのビールを飲みながら海を見ていると、夕陽が周囲のものを彩りはじめた。まだディナータイムではないそうなので、僕は砂浜に降りた。
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こんな写真では、何も伝わらないと思うが……雲の立体感が、すごかった。二層三層に折り重なっていて、いつまで見ていても飽きない。18時になったので、バーに戻って、さらにビールの特大サイズと軽食を頼んだ。ヒゲのお兄さんが、とても気持ちいい対応をしてくれる。安堵のため息とともに、「来てよかった」という言葉が、口をついて出た。
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酔っているので、この写真は手ブレている。Dscn3392_2102
刻々と色相を変える空を撮っていたら、きれいなお姉さんが「いい景色よね」と声をかけてきた。しかし、彼女は恋人と一緒であった。その手のロマンスは僕の人生には起きないし、もう必要ないのかも知れない。

真っ暗になった海岸を歩くと、くっきりとオリオン座が見えた。椰子の木の間からも、星が光っている。日本で、もっと多くの星がきれいに見える場所を知っている。だけど、南国で軽薄に酔っ払った僕には、十分すぎるほどの美しい星空だった。
まだ寝たくなかったが、廊下で従業員のおじさんにぶつかってしまうほど酔っていたので、おとなしく眠ることにした。

(つづく)

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2017年4月11日 (火)

■ケアンズ旅行記-6■

■4/4-2 リーフ・フリート・ターミナル
キュランダからのバスは、ケアンズ・セントラルに着いた。
何はともあれ、予約してあったホテルまで歩く。友人がくれたケアンズのガイドブックの地図が役立ち、まったく迷うことなく40分ほどでホテルに到着。とりあえず荷物をあずけて、14時にチェック・インできると言われる。それまで、2時間もの間、時間をつぶさねばならない。
ちょうどいい、フェリー会社のあるリーフ・フリート・ターミナルまで歩いてみよう。その前に、ケアンズ・セントラル内のATMで現金が引き出せるか、試してよう。

ケアンズ・セントラルは、市内でもっとも大きなショッピング・モールだそうだ。日本人客も多いので、ここのATMなら信用できる。
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ところが、ATMに挿入したカードが戻ってこない。案内所でカードが機械に飲み込まれたと申し出るが、「カード会社に電話して」と繰り返される。もう、何も驚かない。今回の旅は、こういう運命なのだ。

ケアンズ・セントラルから、港にあるリーフ・フリート・ターミナルまでは、20分ほどらしい。地図のおかげで、迷わず歩けた。
予約してあるフェリー会社の窓口で、もう一枚のカードを差し出し、使えるかどうか試してほしいと頼む。……使えない。このカードには対応していないのだと言う。フェリーが出るのは明朝だ。さて、どうする。5千円札をドルに両替すれば、少しは前に進める。
翌朝、フェリーをあきらめて空港へ向かうにしても、バスぐらいには乗られるだろう。

■4/4-3 JTBケアンズ支店
リーフ・フリート・ターミナルからホテルへ向かう途中、「JTBケアンズ支店」が目に入った。ここならJPYをAUDに両替してくれる。窓口にいるのは、日本人の女性ばかりだ。
さて、5千円を両替してほしいと申し出てみるが、両替は一万円単位なのだという。やれやれ、ダメか……と肩を落として帰ろうとすると、「まあ、お座りになってください」と呼び止められる。その一言が、起死回生のファンファーレだった。

まず、JTBのお姉さんはカードAの会社に電話してくれた。日本まで、国際電話である。なかなかカスタマーセンターに繋がらないので、「もういいですよ。電話までかけさせて、申し訳ない」と力なく笑うと、「大丈夫、きっともうすぐ繋がりますよ」と、前向きなことを言われる。
カードAは、支払いには使えないが、ATMで現金を引き出すのには使えると電話で言われ、ちょっと勇気が出た。JTBのお姉さんは、「この近くにカジノがあります。そこのATMなら引き出せると思いますよ。困った方は、たいていそこへ行きますから」と、またしても前向きな提案をしてくれる。

その時である。ケアンズ・セントラルのATMに飲み込まれたはずのカードBが、財布の中に入っているのに気がついた。自分で入れておいて、なくしたと思い込んでいたのだ。
お姉さんは即座に「見つかったんなら、そのカード会社にも電話してみましょう!」と、さらに建設的な方向へ話を持っていく。「最悪の俺に、とびっきりの天使がやってきた」というフレーズを想起せずにいられない。
カードBは現金の引き出しはできないが、支払いに使えるはずだと電話で言われた。つまり、カードAで現金を引き出し、カードBを支払いに回せば、無敵なはずなのだ。雲間から陽が差してきた。
「もしお困りでしたら、また来てください!」と、JTBのお姉さんは笑顔でダメ押しの一言をプレゼントしてくれた。客ですらない通りすがりのハゲ男を、どこまで励ましてくれるのだろう?

結論を言うと、カジノのATMで、十分すぎるほどの現金を引き出すことができた。
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これが、JTBケアンズ支店のお姉さんが「せっかくご来店くださったのだから、どうぞ」と、お土産にくれたコアラのマスコットである。
帰国してから、全力でJTBオーストラリアへお礼のメールを送ったことは、言うまでもない。あのお姉さんの給料が、ちょっとでも上がってくれることを、心から祈る。

ここまで読んだアナタは、僕のことを、計画性のないボンクラだと思ったろうな。
だけど、今回の旅のテーマは「サービス」なんだ。ジェットスターが空虚に使った言葉、「サービス」。キュランダの宿のオヤジさん、JTBケアンズ支店のお姉さんがしてくれたことこそ、「サービス」じゃないのか? 彼らからは「無償の好意」を感じた。損得じゃないんだ。

明日は、ケアンズからもっとも近い島のひとつ、フィッツロイ島へ行く。ところが、トラブルはまだ尽きない。

(つづく)

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