2019年3月11日 (月)

■アゼルバイジャン旅行記-6■

■3/7-1 怒りの炎
とにかく、宿泊費を踏み倒そうとしたドロボウのごとく見られてしまったのでね。もう、それ以上の最悪はないだろうと覚悟できて、重度といってもいい風邪を8時間の睡眠で治して、観光に出かけることにした。
バクー郊外、路線バスで一時間のところにある「ヤナル・ダグ」を見るんだ。とにかくね、もうドンドン行くんだよ。ここでめげていては癪だから。
Dscn2519_6671
まず、ホテル近くのバス停から6番バスに乗って、Avresiya Clinicというバス停まで行く。途中、バスの故障だかなんかで全員が降ろされた。通勤時間のせいか、みんなイライラして、関係者に詰め寄っていた。怒るべきときに怒ることは、とても大事だ。
直後に6番バスが来たので、みんな料金を払わずに乗り換えた。そして、Avresiya Clinicは地下鉄駅もある大きなバス停なので迷わずに降りられて、今度は147番バスを待つ。
Dscn2520_6672
これがもう、ひっでえボロバス。だけど、女性に席を譲ると、遠慮なく座ってくれる。小さな子供を抱いたお母さんが多かった。
そして、このバスに30分も揺られていると、ものすごい辺鄙な場所へ行って、大きくUターンしたりするから、「ヤナル・ダグ」って原語で書いたメモを運転手に見せる。言葉はまったく通じないが「まだ降りるな、ここじゃない」と手で制してくれたり、「おう、ここだぞ」と指差してくれたり、ちゃんと意志は通じる。スマホで現在位置は確認できるし、そもそもバスの終点なので間違えるはずないんだけど、やっぱり不安なんだ。Dscn2524_6676
何もない荒野みたいなところに、何か新しい博物館のようなものが建築中で、その奥にヤナル・ダグ。天然ガスが、半世紀以上も燃えつづけている小さな丘がある。Dscn2532_6683Dscn2529_6680
「どこから来ました? 日本? ようこそ!」と、真っ赤な頬の美人さんが歓迎してくれたので、たいていのことはどうでも良くなる。そして、ヤナル・ダグの近くはとても暖かいので、しばらくジッとしていた。

帰りはタクシーかな……と思っていたら、意外にも147番のボロバスが停車していたので、迷うことなく飛び乗って、午後はどこへ行こうか思案する。

■3/7-2 ぬいぐるみ、肉、殉教者墓地
地下鉄駅のある停留所でバスを降りたら、地下通路で、また巨大ぬいぐるみを売ってるんだよ! しかも両手に抱えて、大声で宣伝している。
Dscn2543_6694
Dscn2537_6688
スマホで調べて、「殉教者墓地」へ行こうと決める。しかし、その辺りには食べるところがないので、この活気に満ちた場所で昼食にした。小さなレストランに入ったら、ウェイトレスのお姉さんがアゼルバイジャン語でコレとコレね、あと飲み物はコーラ?と勝手に話を進めてくれる。
Kimg3056
肉料理ばかり食べてきたけど、これがいちばん美味かった。野菜につけ合わせたサワークリームが肉汁と溶け合って、また別の味わいになって、残った肉汁をパンで掬い取って、徹底的に食べつくした。たったの4.5マナト(300円)、至福の味。

タクシーを拾って、殉教者墓地へ。
運転手は、もちろん英語は一言も話せなかったが、「日本人か? 日本はいいよね。この俺の車も、日本製だよ」と言っていることは、ジェスチャーで分かる。途中で遠回りしてガソリン・スタンドに寄ったんだけど、「ガソリン代は俺が払うし、遠回りした分は気にしないで」と言っているのも分かった。
30マナト渡すと、「えーと、この10マナトはガソリン代ってこと?」と、多分そういう意味のことを言っていて、10マナト返そうとする。だけど、俺はあなたみたいな誠実な人に儲かってほしいんだよ。
Kimg3063
殉教者墓地から、カスピ海を望む……。そうか、この国へ来て一週間も経ったんだなあ。
Dscn2560_6711
で、殉教者墓地へはケーブルカーで登るものと思っていたが、降りるだけでもOKであった。片道、1マナト。
Dscn2562_6713
写真中央が、ケーブルカーの終点。こうして丘の下から見ると、実際に炎の燃えている殉教者墓地への入り口の上に、悪趣味なヘンテコな建物にしか見えなかったフレイム・タワーが“燃え盛っている”ように見える。
こういう見立ては東洋的だなあ……などと考えながら、ものすごい北風の中、国立美術館を目指す。

■3/7-3 アゼルバイジャン国立美術館
国立美術館では、特別展示として日本展が行われていた。
あまり時間がないので、日本展と撮影代(写真を撮りたい人が支払う)はやめておいた。入場料のみで10マナト。
Dscn2565_6662
でもまあ、それで正解だ。もし写真を撮りながら見て歩いたら、一時間ではすまなかった。それぐらい、濃厚な展示だった。19~20世紀のものが多かったが、「日本か中国のものではないのか?」と誤解するぐらい、東洋的な装飾品がある。
かと思うと、盾や鎧などの武装にはものすごく緻密に彫刻が施されていて、形と装飾との調和とぶつかり合いがあった。本格的なファンタジーアニメをつくろうとしたら、こういう物を見ておかないとダメだ。しかし、客は僕ひとりしかいなかった。もったいない。

なんとか、風邪にもトラブルにも負けず、朝から夕方まで歩きとおすことが出来た。帰りは、ビールとポテトチップスを買って、タクシーで帰った。

■3/8-1 ヘイダル・アリエフ国際空港
翌日は夕方の飛行機なので、ゆっくりと過ごした。
空港のレストランに入ったら、オヤジに「これはどうだ? 美味いぞ。ビールはどうだ?」と薦められて、それはいいんだけど、カードは使えないという。ユーロ札を出したら、高額紙幣以外、ぜんぶ持っていかれた。ヘイダル・アリエフ国際空港を使う人は、3階のレストランには要注意。最後の最後、まさかの国際空港でやられてしまった。
Kimg3071_2
Kimg3072
Kimg3075
そして、プライオリティ・パスで入れるはずのラウンジには、いろいろ条件があって入れない。水を飲みたいのだが、自販機でユーロは使えない。キオスクもない。トイレ前の水を飲む機械は壊れたまま……など、飢餓状態で飛行機に乗るはめになった。
Kimg3080
アブダビ空港で、ビールを補給。それからの12時間のフライトは、割とあっという間だった。少し寝られたせいもあるけど、6時間ぐらいに感じた。
Kimg3084
吉祥寺駅へのリムジンバスが出るまで時間があるので、成田空港で赤ワイン。
それにしても、成田空港で働く人たちは「帰りもお気をつけて」とか「おかえりなさい」とか、仕事と関係ない気のつかい方が素晴らしいと、いつも感じる。
そして小田急バスの成田~吉祥寺間は、都内の好きな順路を経由してくれて、いつも空いている。夕方ごろにこのバスに乗ると、何だか感傷的な気分になってしまう。

(おわり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■アゼルバイジャン旅行記-5■

■3/6-1 トラブル発生
シェキを離れる日になった。9時半発のバスのチケットを確保してあるので、早めに宿を出る。
ところが、宿を出てちょっと歩くと、レセプションにいたメガネの青年ともうひとり、荷物係の青年が走っておいかけてきて、「どうも支払い手続きがすんでないようだ」と言う。
こちらはエアトリで予約してカード決済しているので、腑に落ちずにいると、あちこちに電話をかけて確認して、過去の台帳もひっくり返して、ちょっとした騒ぎになってしまった。時間がかかりそうなので「今ここで払えばいいの?」とカードを出すと、カードはダメだという。なので、現金で120マナト。急いでいたので、領収書をもらうまで気が回らなかった。

結論から言うと、バクーに戻って別のホテルに泊まったその日の夕方、ベッドで倒れるように寝ているとレセプションから電話があり、「予約状況が変だ、支払いが行われていない。どうすればいいだろう? 明日の朝、相談したい」と言われた。
こちらもエアトリ経由の予約。現金で支払うと、納得してくれた。用心のため、チェックアウト時に領収書を発行してもらった。
[追記:ホテル側の言いかがりであったことが判明。バクーに宿泊する方、ガーデン ヴィラ ホテル (Garden Villa Hotel)からの二重請求に注意]

以前、オーストラリアで宿泊費の現金決済に苦しめられたときは、単に自分のチェックミスだった(バウチャーには、現地払いと明記されていた)。
しかし、今回は違う。ホテル側も、明らかに「おかしい、どうしよう」と当惑していた。もし詐欺行為を働くようなホテルなら、エアトリはリストから外すべきだろう。
この件では手痛い教訓を得たので、後述しよう。

■3/6-2 風邪薬
バスに乗ると、さいわい隣は空いていた。しかし、車掌は「窓際に座るな、通路側に移れ」などと理不尽なことを言う。まあ、たまにこういう偏屈なオヤジがいるんだ。
Dscn2511_6717
Dscn2512_6718
(シェキのバス・ターミナル。タクシーはバクーのインターナショナル・バス・ターミナルへ向かって走り出したので、あわてて写真を見せて、方向転換してもらった。)

実は、シェキに来る時から喉が痛くてオレンジジュースを飲んでいたのだが、バクーへ帰るバス車内で頭がボンヤリしてきて、本格的に風邪になってしまった。
なので、バクー市内のインターナショナル・バス・ターミナルから、やや街外れにあるホテルへタクシーで移動後(なんと50マナトもとられた)、薬局で風邪薬を買おうと決めた。
スマホは便利なもので、ちょっと検索するだけで、近くにある「APTEK」(薬局)の場所を表示してくれて、おまけにアゼルバイジャン語で風邪薬をどう書くのか、表示してくれる。ホテルから「APTEK」まで歩いてメモを見せると、8.25マナトの風邪薬を売ってくれた。
Kimg3047
なぜか箱を外して、中身だけ売ってくれた。
53491913_2125716894188880_395648013
薬を飲むぐらいだから、しっかり食べておかねば……と、大きめのレストランで鶏肉のミックス、ターキッシュ・スープなど。酒は飲まず、オレンジジュースを頼む。
リック・モラニスのような若いボーイは「ジャパン?」と、笑顔で聞いてきた。
Kimg3044
一見すると、単にお洒落なヨーロッパの町並みなのだが、こんな大通りでも巨大ぬいぐるみが堂々と売られていた。この写真を撮ったあと、ヒゲ面のオヤジが近寄ってきて、怒られるかな?と警戒したら、なんか木のオモチャを持って「これどうだ?」なんて笑っている。男たちは、基本的に陽気な国である。

■3/6-3 顔
薬を飲んで、沈み込むようにホテルのベッドに横になると、レセプションから電話がかかってきた。前述のごとく、「どうすればいいだろう、明日の朝、話したあいたい」。
こんなに酷い風邪なら、明日は1日、ホテルで横になっていようかと考えていたところだ。またしても現金払いで納得してもらうしかない。あれこれ、細かなことが気になってきた。

とても印象に残っているのは、ホテルの主人の顔だ。
チェックインの時は、「ようこそ!」と、びっくりするぐらいの笑みだった。その時、ちょっと違和感をおぼえた。市場のオヤジたちの腑抜けた、それゆえに染み出るような温かい笑顔ではない。どこか、作り物の営業スマイルなのだ。
翌朝、レセプションに向かうと、主人は邪悪な笑みを浮かべていた。それはようするに、ドロボウを見る目だ。「こっちは不正を見抜いたぞ、どう言い訳するつもりだ、この詐欺師め」とでも言いたそうな、意地悪な顔。あの表情だけは、死ぬまで忘れない。
現金で払って「すみません」と謝っても、そっぽを向いたまま、薄ら笑いで「問題ありません」。なんて意地悪な、嫌な男なのだろう?

チェックアウトの時は、その顔からは完全に笑みが消えて、主人が持っている本来の、他人に対する無関心さが顔にあらわれていて、心底ゾッとした。人を信じさせるのも笑顔、騙すのも笑顔だ。
僕があまりにガックリしているせいか、その主人の奥さんらしき女性は腫れ物に触るように、いたわるような小さな笑顔で接してくれた。でも、僕を本当に憤激させたのは、エアトリのミスじゃない。主人の意地悪い態度だ。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■アゼルバイジャン旅行記-4■

■3/5-1 山村キシュ
シェキに来た人が間違いなく行く観光スポットが、古代アルバニア教会。シェキから車で15分ほどの山村、キシュにある。
キシュの村は坂道になっていて、その頂上に石造りの教会が建っている。さて、キシュに行くにはバスがいいとかマルシュルートカ(小型の乗り合いバス)が近くまで行くのだ、地元の人に聞くのだ、道順はこうだ……など、いくつか情報がある。しゃらくさい。タクシーで、いきなり教会前まで行ってもらえた。
Dscn2438_6743
シェキ町内から、15マナト。教会の写真をプリントアウトして持っていったので、それを見せたらノリのいいお兄さんは坂道をバンバン登って、教会前で降ろしてくれた。坂道の下にはタクシーがたむろしてるので、帰りの足はまったく心配ない。

教会には、寒さで鼻の頭を真っ赤にしたお姉さんが、ガイドとして常駐している。英語でいろいろと説明してくれるが、専門的な話が多くて、ほとんど分からない。
教会よりも面白いのは、このキシュという村だ。どこか、日本の山村に似ているのだ。
Dscn2445_6750
Dscn2447_6752
Dscn2450_6755
家が石造りでなかったら、まるで日本みたいでしょ? アゼルバイジャンの人たちは親日的だと言われるけど、こんなところにルーツがあるのかも知れない。
一応、小さなスーパーやレストランの看板があるんだけど、ほぼ閉店同然。本当に人がいなくて、静かな村だった。

帰り道は、「これでもか!」というぐらいボロボロのタクシーに乗ったのだが、運転手は「俺はキシュの出身なんだよ!」と、誇らしそうだった。
行きが15マナトだったので、5マナト札を三枚渡すと、一枚しか受けとらない。「どうぞ」と渡しても、とにかく5マナトでいいのだという。笑顔で手を振って、別れた。
「タクシー=ボッタくり」の等式は、少なくともアゼルバイジャンでは成り立たない。

■3/5-2 昼からワイン

さて、ホテルで朝食をとったとはいえ、さすがに腹が減った。マップを開くと、昨日無視された店以外にもレストランがある。そこで無視されたら、スーパーでパンでも買おう。
すると、ヒゲのオジサンが「ひとり? どこに座る?」と、現地語で相手してくれる店があった。しかも、サラダだけでなく「酒もあるよ」と薦めてくれた。イスラム教国なのに、昼間からいいのか?
Kimg3032
肉汁がたっぷり染みこんだ米が、とにかく美味い。ワインを頼んだら、手でボトルのサイズを示すので、さすがにそれは飲みきれないため「小さいの、小さいの」と、やはり手で伝えた。写真のメニューが全部で7マナト(450円)。安い!

まだ午後いっぱいあるので、マップで観光地を調べてみた。森の中にあるシラグ・カラ城塞に行ってみたいが、タクシーで行ったとして帰りの足がなさそう。
歩いていける場所としては、“Shakikhanovs' Palace”という場所がある。暖かいので、30分ばかり歩く。その場所はマップに「子供向け」と書かれていて、近くに小学校でもあるのか、地元の子供たちが遊んでいて、挨拶してくれる。“Shakikhanovs' Palace”は閉鎖中で、トイレのみ借りて、元の場所へ戻って、今度はタクシーで「シェキ・ハーンの宮殿」に行ってもらう……が、同じ名前のホテルで降ろされてしまい、ひどい坂道を登る羽目になった。
Kimg3035_2
係の人らしい紳士が「中を見たいか?」と英語で聞いてきたが、歩き疲れてしまって、どうでもよくなっていた。暖かいので、ぼんやりとベンチに座って過ごした。シェキ観光は隊商宿が面白いそうだけど、俺は別に……というか、タクシーで町内の大型スーパーに戻ったら、完全に俺向けの観光スポットがあったよ! これは誰にも教えたくないぐらいなんだけど……。

■3/5-3 古市場
マップを見ると、スーパーの斜向かいに公園がある。その公園自体は何の面白みもないんだけど、なんか露店が出てるなあ……と、公園の反対側のエリアに足を踏み入れた。
Dscn2468_6773
Dscn2495_6800
Dscn2490_6795
Dscn2506_6811
Dscn2474_6779
とにかく、花から野菜・果物から、香水やオモチャ、生肉や生魚、紳士服など、二重三重に迷宮化した露店が、ものすごい密度で櫛比している! 猛烈に興奮してきた。
Dscn2478_6783
Dscn2477_6782
Dscn2504_6809
この極彩色の不気味玩具、たぶんロシアから輸入されてると思うんだけど……あと、幼児ぐらいの大きさの巨大ぬいぐるみ、こいつは首都バクーの大通りでも売られているほどの人気ジャンルで、割と普通のお客さんが、本気の目をして触ったりしている。
そして、この市場の真の魅力は、「俺を撮れ!」と迫ってくるオヤジたち!
Dscn2469_6774
Dscn2484_6789
53577997_2124249207668982_221355585
「日本人? サムライだよな!」「撮れたか? ちょっと見せろ!」と、とにかくコイツラ、うるさいうるさいうるさい(笑)。撮ったら撮ったで、仲間たちに大声で何か自慢してるし……女性たちは真面目に商売してるのに、コイツラは完全に仕事に飽きている。
Dscn2497_6802
Dscn2494_6799
あと、このブルーシートっていうの? テントが綺麗なんだ。稲垣足穂の『星を売る店』の冒頭、「日が山の端に隠れると、港の街には清らかな夕べがやってきた。私は、ワイシャツを取り変え、先日買ったすみれ色のバウを結んで外へ出た。」……ギリシャのサントリーニ島へ行ったときも、この一説が頭をよぎった。
幻想的で、混沌としていて、下品で野蛮で、夢うつつな酩酊感があって、歩くのではなくて溺れまいと泳いでいる感じ。こういう場所に迷い込んだとき、「旅に来て良かった」と声に出てしまう。

■3/5-4 ザクロ
しかし、市場の出口近くで威勢のいいお兄さんがザクロを一粒食べさせてくれて、たちまちビニール袋にザクロを放り込んで「10マナトでいいぞ!」と押し売りしてくるのには、白けてしまった。
「アンタ、鞄のポケットが開いたままだよ」と注意してくれた電気屋(なんか電気部品を並べて売っている人)に「ありがとう、このザクロをどうぞ」と渡したのだが、いらないと言われてしまった。彼は「スパシーボ」と、ロシア語で答えた。
Dscn2509_6814
ひとつかふたつならいいんだけど、こんなに食べられないし重たいし、どうしよう? ホテルにあげたら朝食に使ったりしてくれるかな? だけど、あの無愛想なお姉さんに「あげます」とは言いづらいし……そうだ、例の射的の看板を出しているオジイサンの店に渡したらどうだろう?

スーパーで惣菜パンを買うと(売り場のお姉さんは英語のできる美人)、今夜のビールを仕入れて、公園の店に向かった(ザクロの袋を下げて出て行こうとしたら、スーパーの人から万引きしたかのように疑われてしまった)。
店の前に、オジイサンが立っていた。アゼルバイジャン語で「市場で買いました。あなたにあげます」とメモして見せたのだが、「さっぱり意味が分からん」という表情。オジイサンは店内に声をかけ、英語のできる青年(といっても30代後半だろうか)を呼んだ。

青年は「店の中で、チャイを飲んでいかないか?」と、店内に誘ってくれた。オジイサンが温かいチャイを運んできてくれた。立ち上がってお礼を言うと、「いいから座ってて」と手で制した。
53468137_2124249364335633_705679523
さて、青年は頭が良く、「あなたの英語は今ひとつだなあ」と真剣に言ったあと、「Why」「How」など、質問の最初の語を強く発音した。おかげで、少しは会話がスムースに進んだ。ただ、青年が伝えたいのに、僕の言語力がついていけず、彼が呆れたりいらついているのは、手にとるように分かった。「日本の女性はどう?」と、わざと下品な顔をして聞いてくれても、どう返せばいいのか、とっさに英語が出てこない。
「だけど……すべてのことは、経験だよ」と、青年はかみしめるように言った。「Everything is Experience」……そして、「またの機会に」と、彼は話を結んだ。

■3/5-6 少年
ちょっと複雑な気分になったけど、ホテルへ帰る足取りは軽かった。
後ろから、小学生ぐらいの少年が追いついてきて「こんにちは。イッサム・ホテルに泊まってるの?」と聞いてきた。アゼルバイジャン語でも、それぐらいは伝わる。
真っ白な肌に、ピンクの頬の美しい少年で、何だかやっぱり、稲垣足穂の小説のようなムードになった。彼は、僕の横にぴったり付いて歩いた。ひょっとして、ホテルの子なのだろうか? ところが、彼はホテルの荷物係の青年に挨拶すると、「チャオ!」と踵を返して、別方向へ走り去った。

例の、美人だけどムッツリと無愛想なレセプションのお姉さんに、でっかい声で「ハロー!」と挨拶できた。「ハイ」と、彼女は短く答えた。
翌朝がチェックアウトだが、ちょっとした事件が発生した。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月10日 (日)

■アゼルバイジャン旅行記-3■

■3/3-3 アイスティー
今回の旅では、本当にスマホとauの定額サービスに助けられた。ちょっと迷っても、MAPさえ開けばどうにかなる。バスの時刻まで分かるのだから、手放させない。ただ、欠点は電力消費が激しいこと。
Dscn2399_6950
バクー市内の大き目のレストランへ入ると、すべてのテーブルにコンセントが備えてあって、助かった。ただし、やっぱりビールは置いていない。店員は英語が通じたが、「ビ、ビール?」と大げさに驚かれた。やむなくアイスティーを頼むと、またしても「ええっ?」という顔をされて、缶にストローのついた子供向けのような飲み物が出てきた。
上の写真すべてで8マナト。安い。
Dscn2396_6947
昨日と同じ公園を歩いていたら、「頭の三箇所にチップを埋め込まれているので、日本人であるあなたに助けてほしい」と、なにかSF的な妄想を語る青年に話しかけられた。あまりにも寒いので、旧市街へ向かうのはやめて、ホテルへ帰ることにした。

さて、ちょっと早いがSPARでビールとポテトチップスを買って帰ると、あの色白のお嬢さんはおらず、メガネをかけた青年が座っていた。翌朝、チェックアウトする時も、その青年が椅子に座ってソシャゲをしていた。

■3/4-1 バクーからシェキへ
どうして前夜、夕方から寝たのか? 今日、首都バクーから6時間もかかるシェキという町へ移動するからだ。明るいうちにシェキへ着こうとすると、なるべく早い時間の長距離バスに乗りたい。インターナショナル・バス・ターミナルは市の外れにあるため、8時までにはホテルを出たいわけだ(アゼルバイジャンのホテルでは、朝食は8時から。このホテルは8時半だった)。

スーツケースを引きずって近くのバス停まで歩き、バクーカードを機械にかざして、路線バスに乗車。チャージ金額が不足することは、最後までなかった。便利なカードだ。
Dscn2404_6817
Dscn2407_6820
(ホテルの裏手がこんな瓦礫なのだから、すごい場所に泊まっていたものだ。)
路線バスで、インターナショナル・バス・ターミナルを目指した。大きくて分かりやすい建物なので、降りるべきバス停はすぐ分かった(車内アナウンスはアゼルバイジャン語なので、まったく当てにならない)。
Kimg3007
こんなに大量のバスが停まっているし、まず間違えない。
チケット売り場はすぐに見つかったのだが、「シェキ」と書いたメモを見せると「2」と言われた。それは2番窓口という意味だったのだが、僕は2階にもチケット売り場があると勘違いして、上のフロアへ行ってしまった。
Dscn2408_6821
2階より上は、こんな体育館のようなスペースと、あとは狭いところにゴチャゴチャとオモチャやら旅行鞄やらを並べた商店街(朝8時代なので、客はひとりもいない)があるだけ。すっかり迷ってヘトヘトになり、再びチケット売り場に戻り、ようやくシェキ行きのチケットを手に入れた。
Kimg3008
9時出発で、乗車は30分前だという。朝食がまだなので、売店でハンバーガーとコーラを買った。
Kimg3011
なかなか綺麗なバスだが、トイレはない。英語で会話できるチケット売り場で「トイレはどこですか?」と聞くが、これが通じない。乗車口のある下のフロアだったかな、男性用トイレを見つけられたのは。とにかく、無駄に複雑なんだ、インターナショナル・バス・ターミナルは。

■3/4-2 45分
長距離バスは、ほぼ満席だった。隣には、どこか憂鬱そうな青年が座った。その青年はシェキまで行かず、途中の工場で降りて行った。
9時に発車したバスは、12時すぎ、レストランに停まった。多くの客がトイレへ行く。レストランの入り口で、ガタイのいい青年につかまり、厨房まで連れていかれた。「バスは45分も停車する。だから、何か食べていけ」と言う。実際には、バスは20分程度しか停まらないので、シェキへ行く人は要注意だ。
Dscn2411_6824
チキンを頼んだところ、こんなに大量にテーブルに並べられた。この中から食べた分だけを支払うのだが、20マナトもとられた。
何より、僕が食事を終えてバスに戻ると、ほとんどの人が着席していて、車掌にボソッと何か言われたのが気になった。ちょっと、気まずいムードになってしまった。

■3/4-3 シェキ
乗車中に尿意に悩まされることもなく、小さな町シェキへと着いた。バス停はやや町外れにあるので、さっさと明後日のチケットを買っておく。英語は通じる。
Kimg3016
Dscn2416_6721
シェキはとにかく小さな町ではあるが、タクシーは多いし、大きなスーパーマーケットもある。すぐにタクシー運転手が声をかけてきて、「町内一周してもいいよ」「眺めのいいところも知ってるよ」と、たどたどしい英語で話しかけてくるのだが、今はにとかくホテルだ。

綺麗なホテルだったが、レセプションのお姉さんはムッツリした表情の美人で、笑顔ひとつ見せなかった。この歳にもなると、笑顔というのは愛想ではなくて、心のあり方だと分かってくる。「笑ってなくても笑っている」顔だってあるし、「笑っているのに笑っていない」顔もある。
それが表面に出てこない人は、精神的に未熟で心が狭いんだと思う。

■3/4-4 パンチング・マシン
ホテルの近くに、ビールも売っている個人経営の店があり、「なかなか良いな。あとで買いにこよう!」と喜んでいたら、中で話していた若者たちがジーッとこちらを睨んでいて、僕のドアの閉め方が悪かったのか、店から出るなり「バン!」と、すごい音でドアを叩きしめた。
また、レストランへ入ると、3人も店員がいるのに、誰もメニューを持ってこないし、完全無視であった。「じゃあもういいや、さっさと帰って寝てしまおう」と、大きなスーパーでビールとポテトチップを買って、それを夕食にすることにした。
Dscn2420_6725

ひでえ田舎町に来てしまったなあ……と、うんざりした気持ちでホテルへ向かうと、静かな公園があった。よく見ると、何か店がある……看板には、射的の絵なんて書いてある。というか、店先にパンチング・マシンなんてあるぞ?
53076383_2122826311144605_567492797
すると、左側の建物のドアからオジイサンが出てきて、「バーン! バーン!」とライフルを打つ真似をしたり、「ドカーン!」とボクシングする真似を始めた。笑って立ち去ろうとして、「変わったお店だし、写真だけでも撮っておくかな」と立ち止まると、またオジイサンが出てきて、遠くでボクシングの真似をはじめた。
「これはもう行くしかない、絶対面白いことになる!」と踏んで近寄ると、パンチングマシンを自分の硬貨でプレイさせてくれた。
Kimg3019
「いいか? こう構えて、ここを狙ってパンチだ!」と、アゼルバイジャン語でレクチャーしてくれるのだが、僕のパンチは今ひとつだったようで、表示されたスコアを指差して、大げさにションボリした顔をする。
そして、もう一枚コインを入れて「こうだよ、こうやって構えてドカーンと打つ!」と、熱烈にコーチしてくれるので笑ってしまう。それでも今ひとつだったようで、「今度はあなたのお金でやってごらん」という仕草をしたが、僕はポケットにあったコインを渡して、笑いながら手を振った。すっかり、心が温かくなった。
こんな辺鄙な田舎町にパンチング・マシン、そしてオジイサンのジェスチャーがミスマッチで、もう笑うしかなかった。

……このオジイサンとの話、翌日ちょっとした展開が待っているのである。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■アゼルバイジャン旅行記-2■

■3/2-1 笑顔
廃墟のようなボロいホテルには似つかわしくない、どこか病弱そうな美しい人だった。笑顔ひとつ見せずに、部屋まで案内してくれる。
部屋からはベランダ(下図)に出られて、階段で下に下りられるけど、外からこの階段を使って部屋に入ってくることは出来ません……など、どうでもいいことを英語で、無表情にポツポツと説明する。いや、こんなベランダ(なのか?)を通ろうとは思わないでしょう……。
Dscn2276_6827
最後に「外出するとき、貴重品は身に着けてください」と(これまた言わなくてもいいような注意事項)説明してくれたのだが、聞き取れずに「すみません」と返すと、その人は「ああ、もうまったく…」といった感じで苦笑して、もういちど頭から説明するのであった。凍りついたような表情が、一瞬だけ緩んだ。
そうした、本人が想定してないのに出てしまう小さな笑顔や、思いがけないリアクション。それが「美しい」ということなのだ。

何だか、その人のそばを離れて市街へ出るのが惜しいような気持ちになってしまったのだが、まだ午後3時なので、厚手のジャケットに着替えて外へ出た。
Dscn2277_6828
Dscn2309_6860
こんな心寂しい通りに建っているホテルなのだ。そして、僕が出かけるとき、色白美人さんは目もあわせず無言のままだった。英語も通じないようなバカは、相手にしたくないのだろうか。

■3/2-2 カスピ海
とにかくカスピ海を見たくて、グーグルMAPで確認しながら歩きはじめると、大通りに面した公園がある。この公園を目印にすれば、ホテルへ帰るのに迷うことはないだろう。
などと考えて、公園沿いのケバブ屋をのぞいていたら、お兄さんに握手を求められ「まあ、中に入っていけよ」と、焼く前の肉を見せられ、かなり強引に注文を迫られた。
Dscn2285_6836
こういう小さなお店ではカードは使えないのだが、たいした値段ではなかったはずだ。何度か「ビールある?」と聞いたけど、スルーされてしまった。

バクーの旧市街付近は、車がひっきりなしに行き交っていて、信号は少ない。通りの向こうに渡るには、地下歩道を使う。
Dscn2291_6842
この向こう側が、海沿いの公園になっている。
Dscn2289_6840
Dscn2290_6841
トイレはチップ制で、掃除のおばさんが手を突き出してくる。コインがないので、1マナト札を渡してしまった。
Kimg2967
Kimg2971
初めて見たカスピ海は、かすかに潮の香りがした。塩水湖とのことなので、気のせいかも知れないが。
とにかく風が強くて寒いので、走るようにして公園をグルッと回る。巨大なチェスを動かして遊んでいるオジサンたちがいた。
Dscn2299_6850
ホテルへ帰って、小さな扉の横にある壊れかけたブザーを鳴らす。すると、あの美人さんが顔を出して、「あっ…」とため息をつくような、ほんのかすかな無言の笑顔を見せた。
この人は、決して僕をバカにしてるわけではないのだ。やっぱり、表情は心の入り口なのだと思う。かたくなに笑わない人は、心の中が乾いているのではないだろうか。

巨大スーパーマーケット“SPAR”があったので、ビール(ロング缶しか売っていない)とポテトチップを買った。晩飯は、先ほどのケバブってことにしておこう。
旅先ではいつもそうするように、20時には床に入るのだが、階下の話し声が深夜に響いて、目が覚めてしまった。

■3/3-1 市場
翌朝は、観光名所であるゴブスタンの遺跡を見に行く。
早朝、あれこれブログを検索して、ルートを探った。195番のバスに乗れば、確実に行けるそうだ。
Dscn2311_6862
Dscn2312_6863
Dscn2313_6864
Dscn2314_6865
Dscn2315_6866
このバス停は乗り換え客が多くて、ちょっとした市場のようになっている。活気があって、とてもいい雰囲気。(これこそがアゼルバイジャンの魅力なのだと、数日後に実感させられる。)
Kimg2980
ホテルの朝食が、ややお粗末だった(客が僕ひとりのようなので、ちょっと出し惜しみしたのかも知れない)ため、パン屋で菓子パンのようなものを買う。「これひとつ」と言えば、街頭の店でも英語など使わずに買える。
しかし、猛烈な寒さの中、いくら待っても195番のバスは来ないのであった。40分ぐらい待ったと思う。もう、寒さに耐えるのも限界だ。

■3/3-2 ゴブスタン
そうこうするうち、タクシーの客引きが来た。
ゴブスタン遺跡へのルートについては、誰もはっきり「これで間違いない」と明言していない。それぐらい難解なのだ。バス停から遺跡の入り口まで4キロだけなのにタクシーで100マナトとられた、市内からの往復で200マナトだった、いやガイドしてくれて350マナトだ……と、さまざまなブログを見てきた。
結論から書くと、このバス停から片道一時間ほど、ゴブスタンまで往復してくれて、遺跡の案内も丁寧にしてくれて、50マナトであった。タクシーなら100マナトは覚悟していたので、これは格安だ。市街までは、プラスして10マナト。

英語のできる友人に電話して、「全部で50マナトだよ」と眠そうな友人が説明させるのには笑ってしまったが、タクシーの運転手は親切だった。たとえば、僕が道ぞいのガス田を熱心に見ていると、「コレだよ、コレ」と百円ライターを見せてくれたり、ソーラー発電設備の前を通る時、「あれはコレだよ」と車内の蛍光灯をトントンと指差したり、ひとつも自分の得にならないことをいちいち説明してくれる人に、悪い人はいないと思う。
Dscn2349_6900
そういえば、こんな写真も撮ってくれた。「トイレは行かなくていい?」とか「展望台があるよ」とか、こっちのペースを考えて歩いてくれて、ミュージアムはちょっと子供じみているので、面白いところだけ見せて「ハハハ」と笑って通りすぎて。
Dscn2334_6885
Dscn2339_6890
Dscn2356_6907
ゴブスタン遺跡は、こうした素朴な岩絵が有名ではあるけど、僕は別の惑星へ来たような岩山の造形に魅了されていた。
Dscn2366_6917
Dscn2372_6923
Kimg2996
こんな写真では、造形の面白さが伝わらないので歯がゆいけど、歩くたびに刻々と姿を変えていく奇岩は、いくら見ていても飽きなかった。運転手さんがガイドしていなかったら、2時間ぐらい歩き回っていたはずだ。
普通に歩いて回ると、1時間程度だろうか。ガイド付きで3時間、50マナトは明らかに安い。

旅好きの中には、いかに自分があこぎなタクシー運転手と戦ったか、いかにしてマケさせたか、武勇伝を語る人が多い。相手を怒鳴ってやったとか、完全無視したとか、もはやパターンになっている。
前回のジンバブエでもそうだったけど、謙虚でいい運転手も、いっぱいいるのに。

ゴブスタン遺跡を歩いて回ってタクシーに戻ってきたとき、運転手は近くの泥火山へは30マナト、天然ガスが燃え続けるヤナル・ダグへは20マナトだけどどうかな?と、スマホ内の画像を見せながら、提案してきた。
泥火山は近くのはずなので、30マナトは高い。逆に、ヤナル・ダグは街へ戻って北側へ行かなくてはならないのに、どうしてそんなに安いんだろう? 運転手さんとしては、そのオプションで儲けを出したいんだろうけど、市街へ戻るのに10マナト追加、とさせてもらった。
ちょっと残念そうだったけど、スマホの壁紙が、娘さんの写真だった。可愛がってるんだろうな。そういう人に、悪人はいないよ。俺がオプションを断ると、それ以上はゴリ押ししてこなかったし。

そんなわけで、まだ12時だけど、市街へ向かった。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月 9日 (土)

■アゼルバイジャン旅行記-1■

2019年3月1日~8日まで、アゼルバイジャンに旅行してきました。
首都バクーに二晩滞在後、北にある小さな町シェキへ長距離バスで移動。二晩滞在後、ふたたび長距離バスでバクーに戻ってきました。
リアルタイムで「今日どんなことがあったか?」は、Facebookに投稿していたので、ブログでは別の視点から書くよう、試みてみます。

バクーとシェキしか行っていないのですが、全体の印象。
●3月上旬は、まだまだ寒い。僕はコートを持っていかなかったので、風邪をひいてしまった。
●物価は安い。バス代は0.3マナト(20円)。空港の自販機で2マナトの「バクーカード」を買い、5マナトほどチャージしておけば、心配なくバスに乗れる。古いバスの場合は、降りるときに小銭で払えば問題ない。古いバスは白色で小型なので、一目で分かる。
Dscn2571_6980_2
●外食しても、大衆的なケバブ屋なら7マナト(500円)で、お腹いっぱいの肉料理が食べられる。やや大きなレストランでスープ、サラダを頼むと、22マナト(1,400円)と、やや高い。
もっとも安いと思われるバス・ターミナルのハンバーガーは、コーラと一緒に買っても2マナト以下。
●スーパーでロング缶で売られているビールは、安いのが1.6マナトぐらい。
●タクシーも安い。バクー市内でのちょっとした移動なら、5~10マナト(300~600円)。市内から空港へは20マナト(1300円)。ボッタくるタクシーは、僕は出会わなかった。多めに渡そうとしても「いらない、これで十分」と、受けとってくれない人さえいる。
しかも、タクシーはどこでも停車しているので、探すのに困らない。
●大きなレストラン、ホテル、有名な観光スポット以外では英語は通じない。しかし、それで困ったことは一度もない。
●「とにかく女性が美しい」と聞いて旅する気になったのだが、男性が人懐っこくて、アホではないかと思うほど陽気。女性で明るい人というのは、見かけなかった。

■3/1~3/2 深夜2時半、アブダビ経由で
僕はアブダビ経由でアゼルバイジャンへ行ったので、その話からしますか。
ギリシャへ旅行したとき、なんと24時間も便が遅れたエティハド航空、今度は一時間の遅れ。深夜2時半頃にアブダビ国際空港着。ホテルへの送迎車を頼んであったのだが、一時間も遅れたせいか、誰も現れず。
やむなくタクシーで、予約してある“Premier Inn Abu Dhabi Int Airport”へ行こうとしたら、「ハハハ、歩いていけるよ」と運転手が背中を叩いた。空港内にあるので、夜中3時でもレセプションはおろか、食堂まで開いていて、にぎやか。2時間程度だったか、濃い密度で睡眠できた。
Kimg2947_2
翌朝、朝食をとろうとしたら、「あなたの部屋番号は登録されてない」と言われる。レセプションで確認したら、追加で朝食代を払ってくれれば、それで食べられるという。
しかし、レセプションから送迎車を出してくれるはずのアルファ社の紙を渡される。送迎といっても、わざわざホテルの外へ出て、一分ほど走るだけではないだろうか……約束の7時より早くチェックアウトしたので、送迎車は使わなかった。
もっとよく調べておけば、送迎など頼まなくても良かったのだが……8000円以上も損してしまった。

アブダビを10時台に離陸すれば、アゼルバイジャンの首都バクーへは13時台に着く。
しかし、蒸し暑いほどのアブダビとバクーの気温差は猛烈で、バクーについた途端、ガチガチと寒さに凍えはじめる。
Dscn2267_6971
ヘイダル・アリエフ国際空港は、アール・ヌーヴォー調だ。大きくはないが、清潔で静か。出て左側にバクーカードの自販機があるので、5マナトほどチャージしてからリムジンバスに乗る。リムジンバスでさえ0.3マナトだそうなので、公共交通機関は安い。
僕の泊まるホテルは中心街から離れているため、適当な場所で降りて、すぐタクシーを拾った。裏通りの辺鄙な場所にあるため、高齢の運転手は40分も迷って(タクシー仲間や警官に聞いてまで)、ホテルへたどり着いた。10マナトと言われたが、迷わせてしまったので、12マナト受けとってもらった。

そして、ホテルの小さなドアをノックすると、息をのむほど色白の美女が顔を出した。
(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月25日 (月)

■0225■

ハセガワ製、「クラッシャージョウ」ファイター1から考える“キャラクターモデルとスケールモデルの最適な距離感”【ホビー業界インサイド第44回】
T640_801778ハセガワさんに直接取材をお願いしたのではなく、サンライズさんから薦められて、取材を組んでいただいたパターンです。
タイミング的に、自分で製品を予約して、素組みした直後にお話を聞くことが出来ました。

メディアミックス爛熟期に生まれた「フリクリ」が喚起する、アニメと漫画の深い関係【懐かしアニメ回顧録第51回】
90年代末~00年代初頭のアニメは、本当にターゲットを想定せず、好き勝手につくっていたんだなあ……と、改めて思いました。ただ、『フリクリ』はどこかニヒリスティックで、日常に充足しているくせにオタクぶっている感じがして、僕は好きではないです。
僕は屈折した人間なので、恥ずかしさや苦悩や葛藤の痕跡が残った作品が好きです。


土曜日は、友人と『アリータ:バトル・エンジェル』を鑑賞。
640_1ヒロイン・アリータの複雑な表情、向こう側の景色まで透けて見える繊細な関節の造形、そして日本語吹き替えの声音に、ただひたすら溜め息を漏らしつづけた。

映画理論家のルドルフ・アルンハイムによると「映画はモノクロであり、またサイレントであるがゆえに、豊かな色彩と音響にあふれた現実の世界とはまったく別個の、自立した世界を構築することができた。つまり現実の機械的な再現ではなく、絵画や彫刻と同じく、独自の文法をもった芸術として価値付けられた」(四方田犬彦『映画史への招待』より)。
アリータというキャラクターは、女優を撮影しただけの「現実の再現」ではない。CGIなので、映画の中でしか存在できない、純粋に映像的な肉体だ。そこに不気味さもあれば美しさもあるわけだ。


原作の『銃夢』が連載されはじめたのは1990年のことで、同じ年、東映はVシネマ・ブランドから『女バトルコップ』を発売した。
『女バトルコップ』は1988年公開の『ロボコップ』、あるいは1987年発売のOVA『ブラックマジック M-66』など、サイボーグやアンドロイドを主役とした当時最先端のSFX映画やアニメとは別世界、東映のメタルヒーローや刑事ドラマに属する泥臭い作品だ。

だが、1980年代後半、大手映画会社が製作~配給まで支配して身動きとれなくなっていた邦画界の、最果てと言ってもいい現場ですら「美女型ロボット」が企画の遡上にのぼっていた事実を素通りしていいものだろうか。
刑事ドラマや特撮ヒーロー番組をつくっていたオジサンたちでさえ、「アニメ好きの若い連中が夢中になっている女のカタチの戦闘ロボ、あれはアリだよな」と思わせた何かがあったはずで。
640それは異性……彼岸にある女体をシンボライズして、いわば「モノ化」して、永遠に愛玩したい欲望ではないだろうか。
30年も前の日本の漫画に着想を得た『アリータ』とて例外ではない。アリータは当初、殺された娘のために用意されていた華奢な義体しか与えられなかった。アリータをカスタマイズした医師のイドは、彼女を娘の理想化された亡霊として、ずっと手元に置いておきたかったはずだ。
(原作漫画には娘の設定がなかったため、イドはずいぶんフェティシズムの強い変人に見えたものだった。)


斉藤環が『戦闘美少女の精神分析』で、サブカル作品に登場する戦う美少女、メカ少女にスポットを当てたのは、2000年のこと。
戦うメカ少女を実写化するにあたって、「現実の機械的な再現」と手を切って、肉眼では見ることのできない(映像として鑑賞するしかない)CGIを選択したのは、果たして誰だったのだろう。
ジェームズ・キャメロンだとしたら、彼が人間そっくりのアンドロイドや(人間が現実と接触するための)人造生物をクリエイトしつづけるのは、何故なのだろう?

30代の前半までは、実体験の少なさゆえに、現実逃避を正当化する理由ばかり考えていた。球体関節人形に魅了されたのも、その頃だ。乏しい読書体験にすがるしかなかったあの鬱屈した日々を、僕はすっかり忘れていた。
『アリータ』は、僕を自閉的な若者へと引き戻すぐらい、強烈な引力をもった映画だった。

(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月22日 (金)

■0222■

モデルグラフィックス 4月号 25日発売
Dz8euymw0aasprb●『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』特集
企画・構成・執筆でクレジットされています。
序文やアニメ素材の解説パート、片渕須直監督のコメント、モデラーさんとの対談などを、まとめて書き起こしています。自分で撮影に立ち会ってラフを切ったページもありますが、艦船や飛行機パートは編集部にお任せして、ハウトゥ記事だけではなく監督のコメントや対談を入れてもらえるよう、先回りしてテキストを書いておきました。
そのテキストがなかったら、『この世界の片隅に』特集とは呼べないので、編集部が独自にまとめてしまう前に、先に書いて割り込ませておくのです。
しかし、コメントを個別に録音している時間はありませんから、打ち合わせの合間合間に、監督に「この演出ってどういう意味ですか?」と聞いておくんです。後からテキストとして使いやすいよう、聞き方を工夫して。その段取りこそが、ライターの技能ですよ。

また、昨夜のイベント【模型言論プラモデガタリ】で見せた「撮出しデータ」を、この特集では多用しています。
撮出しデータは監督との打ち合わせとは別に、僕が何度かMAPPAへ行って、監督から直接受けとってきました。次に、新作カットのデータを使ってもいいかどうか、東京テアトルさんに確認をとります。
それから、ひとつひとつのデータを開いて、編集部に渡せる状態に区分けしてファイル変換して……と、僕がやったのは主にそういう作業ですね。書くより先に実務、実務の連続です。


昨夜、阿佐ヶ谷ロフトAで行われた【模型言論プラモデガタリ】第2回は、モデルグラフィックス誌の販促イベントとして成立させることが出来て、おかげさまで大盛況でした。
モデグラ誌の自分の担当パートを早めに終えて、イベントのプレゼン資料を作っていくうち、やっぱり、撮出しデータを生の状態でお客さんに見せたくなってきました。
Kimg2922金色はどうして金色なのか考えて、『アリーテ姫』で具体的な表現技法に置換したように、空気感や水や光の質感をレイヤー単位で構築していくエンジニア的手腕も、片渕監督の技能のひとつです(ほかに、エンターテイナーとして脚本を書く才能があることは、『名探偵ホームズ』での大抜擢を考えれば、誰しも納得いくでしょう。『BLACK LAGOON』のシリーズ構成も、優れた計算力の為せる仕事です)。

「感動」や「美しさ」の裏には、必ずメカニックが働いています。「なんとなく良いな」と感じるからには、必ず理由があります。
アニメーションは実写よりは素材を分けやすい(というより、素材を作ってから記録するので実写とは順番が逆)ので、「感動」の秘密を発見しやすいと思います。
ところが、アニメの制作素材を模型趣味と結びつける人が、ほとんどいなかった。いえ、模型趣味を切り離して考えても、現場の制作素材がアニメファンの目に触れる機会は、稀ではないでしょうか。かつては制作資料の詰まっていたアニメ誌は、いまや「版権イラストの載った絵本」です。
「公式」という概念が強くなりすぎて、ひとりひとりの受け手が探究心をもって開墾していけるフィールドが貧しくなっているのではないでしょうか。僕のテーマは、公私ともに「名もない個人が自由に、主体的に力を行使して、理想を実現すること」です。イベントを毎月開催することも、そのひとつです。


“登壇者筆頭の廣田恵介さんは、「マイマイ新子と千年の魔法」のとき、続映を求めるネット署名をしてくださったり、書籍「メイキングオブ マイマイ新子と千年の魔法」の編集をしたりしていただいたのですが、実は、映画学科監督コース出身でありつつ模型雑誌ライターをしておられた方で、さて、今回は。”(

この片渕監督のツイートは、イベント後に気がついたのですが、嬉しいです。
アニメの取材仕事を減らしつつも、アニメと映画と模型をシームレスに、建設的な関係にできないか?と、ここ2~3年は模索していて。日芸時代に撮影・現像・編集でフィルムを触っていたこと、サンライズ在籍時にセル画末期の時代の「撮出し」を見せてもらえたことが、今回のモデグラ特集に繋がっています。

それにしても、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』特集を入稿しおわった古屋編集長Kimg2921_3 がイベントに登壇することになり、楽屋で仕事抜きの話をしている時間、そこにクリーム色のセーターを着た片渕監督が、いつもの包容力をもって現れて、とりとめない話を始めたときの和んだ雰囲気は忘れられません。

僕の身内に不幸があったとき、監督が「私も廣田さんの友達のつもりでいます」とメールをくださったこと、忘れてないです。
監督自身も、つらい目やイヤな目に遭ってきただろうと想像します。初めてお会いした10年前より、とてつもなく人間の器が大きくなりました。しかし、頑固なところは頑固なままだし、こちらの仕事に対しても一定の厳しい目を持っておられます。
書店に並ぶモデルグラフィックス誌は、そういう人の目を通過した本なので、期待して手にとってください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2019年2月17日 (日)

■0217■

J Wings (ジェイウイング) 2019年4月号 21日発売予定
Dzh5um2vsaa968z『素組みだからよく分かる! プラモで学ぶ 最新鋭機F-35B 前編』
企画・構成・執筆しました。ハセガワさんの1/72 F-35ライトニングII (B型) “U.S.マリーン”を素組みして、編集部と一緒に「どうしてこういう構造になっているのか?」「このパーツ割りは、実機に比べてどうなのか」と検証しつつ、どこも改造せず塗装もせず、ひたすらキットの美しさを愛でながら、同時に機体構造も勉強しよう……という短期集中企画です。
僕からの持ち込みとはいえ、編集部からの逆提案もあり、おおいに助けられました。また、模型誌以外に、プラモの素組みレビューを載せる!という野望を、まずひとつ満たせました。


本日のダルデンヌ兄弟監督映画は、サスペンス・コーナーにあった『午後8時の訪問者』。
640 ある女医の病院で、扉を閉めた後にチャイムが鳴る。研修医の青年が「急患かも」と立ち上がるが、女医は「無視していい」と青年を止める。
そのチャイムが雪だるまのように大きくなっていき、実は殺人事件の起きるトリガーだったと判明する。

女医は、助けを求めてチャイムを押したのに殺されてしまった黒人女性の映像を、後から警察に見せられ、愕然とする。「あの時、私がチャイムに反応していたら…」と罪悪感にかられて、被害者の死因や名前を探り出そうと歩き回る。
ラストになって、またチャイムが鳴る。モニターを見ると、殺された黒人女性そっくりだ。いわば、「チャイムと黒人女性」で映画全体をサンドイッチする「ブックエンド形式」のプロットだ。

ただ、プロットに頼りすぎ、真相はすべてセリフとして語られるのが、今ひとつだった。
むしろ、カメラがゆっくりとPANして対象物をとらえ、再び人物の顔に戻ってきたとき、すっかり構図のありようが変わっている。その計算されたカメラワークに目を奪われた。手持ちカメラではあるが、常に最適の構図を確保するため、膨大な技術が投入されていると気づかされた。


「お前やってることは法律に引っかかってんだよ!」 コインハイブ事件、神奈川県警がすごむ取り調べ音声を入手

性犯罪者は、かよわそうな反撃してこない女性を狙うそうですね。権力者も同じです。弱そうな相手をマークして、恫喝する。NHKの集金人、税金の催告状、すべてそうです。脅して屈服させる。話し合いで説得しようという発想が、そもそも抜けている。
正論では勝てないので、「犯罪だから」「法律だから」でねじ伏せようとする。

上のニュースを見たとき、仮想通貨を先日の改造フィギュア()に置き換えてみた。
取調室で、「こんな少女の人形なんかをいじって、お前は変質者だろ! 恥ずかしくないのか!」ぐらいは言われたでしょうね。容疑は著作権法違反で、いま違法ダウンロードの刑事罰化が進んでいるので、警察を批判しただけで即逮捕になりかねない。
そして、警察職員だけでなく、マスコミも一般市民も「逮捕されたら有罪確定」と信じている。この国の人権意識など、その程度のものだ。しかし取調べ段階ではもちろん、刑が確定しても人権は消滅しない。それが民主主義だ。主権は、我々にあるのだ。

なので、諦めてはいけない。

(C)LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINEMA - VOO et Be tv - RTBF (Television belge)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月14日 (木)

■0214■

ダルデンヌ兄弟の監督作品、本日は『少年と自転車』。
Story_pic2ネオレアリズモの代名詞、『自転車泥棒』のようなタイトルだが、どことなく似たようなプロットだ。父親から捨てられた少年が、里親ともうまく行かず、犯罪の片棒を担いでしまう。
『ある子供』『ロゼッタ』と続けてダルデンヌ監督兄弟の映画を観てきたが、『ロゼッタ』がいちばん好きだ。画面内の情報が限られていて、最低限の演技だけで状況をたぐり寄せて、ほんのちょっとした手足の動きでドラマをつくる。

『少年と自転車』はワンシーン・ワンカットではなく、撮りづらいところではカットを割ってしまっている。構図も、計算されてすぎていて端正すぎる。二度だけ入る劇伴も、蛇足に感じられた。(カットを割る、とはすなわち撮影後に編集しているわけで、それ自体が演技とはまた別種類の技巧なのだ。)
ダルデンヌ兄弟は、とてもよくプロットを吟味していると思う。『ある子供』も『ロゼッタ』も、いやおうなく主人公が悪事に陥ってしまう抜き差しならない必然性が感じられた。
ところが、『少年と自転車』の主人公は、あっさりと犯罪に手を貸して、その日のうちに改心してしまう。

だが、それでも、里親と仲直りした少年が、自転車で川べりを走るシーンをシンプルな構図1009514_02 で捉えたPANには息をのんだ。
紆余曲折あった人物が、ただ真っ直ぐに走り、その動きを簡素に追うだけで「事態が解決した」と感じさせる。プロットのどこに、その綺麗なPANを持ってくるか。ストーリーを説明するのではなく、撮ることによってストーリーを生じさせる……それが、鮮やかに出来ていた。


さて、少年と里親の女性がまっすぐ走っていって終わり……でも良かったのだが、この映画はそうは問屋が卸さない。
「ちょっと出来すぎではないか?」というぐらい、少年のおだやかな日常が描かれたかと思うと、不意に過去の事件に遭った被害者が報復に出る。

少年が店を出ると、第一の被害者が立っている。カメラが少年の動きを追ってPANすると、いやおうなく被害者がカメラに入ってしまう。少年は立ち去るが、カメラは戻る。すると、そこに第二の被害者がいて、少年を追いかけはじめる。
決定的な出来事は、ワンカットの中で起きる。ワンカットで撮る、とは、つまり「出来事の記録」だ。だから、緊張感が出る。画面に注視してしまう。ドラマの劇的ポイント、それも複雑な人間関係の転調を、単なる「出来事の記録」として見せきる。それこそが、ダルデンヌ監督の独壇場だ。

そして、少年は不釣合いなまでに酷い報復を受け、心身ともに傷ついたまま、里親と手に入れた平和な日常へと帰っていく。『ある子供』『ロゼッタ』は、かろうじての調和と救いで終わっているが、『少年と自転車』は、思わず「ううう…」と唸り声が出てしまうほど、エグいところで映画が終わる。
しかし、その「ううう…」をもって映画の価値とするのは「ボロ泣きした」=「いい映画」と即断するのと変わらない。生理現象をもって、映画の評価に換えてはならない。

(C)Christine PLENUS

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«■0213■