2012年5月25日 (金)

■0525■

キャラ★メル Febri Vol.12 本日発売
51zubtt4l__sl500_aa300_
●渋キャラオヤジ列伝 第六回
うわー、もう第六回か。こんな大変な連載、よくつづけてるよ。
今回は『Fate/Zero』より、ライダーです。ライダーがどうなるかは、原作を読んだ方はもちろん、Wikiなんかで知った人もいるだろうけど、「未放映エピソードには触れない」との方針で……。

でも、シナリオは最後までもらっていたので、もう声を出して、涙をぼろぼろこぼしながら、読みました。
ウェイバーにとって、ライダーと過ごした時期が、人生で最も尊いんだよ。これから先、恋人ができようが、大成しようが、ライダーという友を得たことが、彼の人生のベースをつくる。ライダーという偉大な友、その残響の中で、彼は生きていくんだよ。

45歳の僕からすれば、「ウェイバーくん、いい友達をもったね」って、うらやましいぐらいなんです。本気で、そう思います。

●『モーレツ宇宙海賊』 佐藤竜雄監督インタビュー
実は、他誌でもインタビューすることが決まってしまって。本ごとに、テイスト変えないとね。
面白いのは、河森正治さんに太陽帆船のデザインを頼むくだりですかね。まさか、『オーディーン』を、そういう例えに使うか?という。

河森さんは、ファン気質を残しているというか、語弊を招く言い方だけど「同人誌的」なところが魅力だと思う。同人誌ってのは、「俺はこっちがカッコいいと思う」「他のメカに負けてないはず」という、創作的野心という意味。
ファン気質がなければ、『オーディーン』を例に出さないだろう(笑)。


『坂道のアポロン』、第7話。
俺は、アニメを見て泣いてばかりいる。心を、射抜かれるね。


一ヶ月ぶりに、首相官邸前抗議に、行ってきた。
Cazdrqqw(ブレブレなので、写真は小さめ)
いろいろ思うところあって、官邸前は避けていたんだが、ちゃんとカンパもしてきた。1,000人ぐらい、集まったかな。

驚いたのは、この抗議活動を狙って、逆側の歩道からヤジを飛ばすやつが現われたことだな。
「○○を殺した、お前らウソツキどもが」とくり返していたけど、何だろう。僕の周辺では「こっち来ればいいのに」「まあ、言論の自由だから、言わせておきましょう」って扱いだったんだけど。

「抗議も終わったし、有楽町まで歩いて、ビックカメラでガンプラでも買うか」と歩き出したら、火炎瓶テツ氏が、「再稼動反対!」と叫びながら歩いていた。応えるのは、最初はひとりだけだったCal3500rのだが、少しずつ増えていって、最後には6人ぐらいで「原発反対!」とコールしながら、霞ヶ関を歩く。
なんか、『ハーメルンの笛吹き男』風に、経産省前へ向かっていくのであった。
僕もコールには加わったけど、マジでガンプラが欲しかったので、途中で抜けました。


さて、僕がふたたび官邸前抗議に向かった直接の原因は、これさ。→
おおい町町議の議長、テレビカメラに囲まれて嬉しいのか、これでもギャグをかましているつもりなんだろうな。そんな田舎モノだから、電力会社につけこまれ、「再稼動決定」のケツをもたされるんだよ。
悪いが、旅館や飯屋がガラガラだとしても、新しい地元産業を興そうとしなかった、あんたらの自業自得だね。

じゃあ、原発を動かさなくて、夏を乗り切れるのか?
美浜町では、「大阪など関西は電気があって当たり前だと思っている。関西に電気のありがたさを知らせるため、計画停電を最重要課題にすべきだ」って……オイオイ。→
大阪、完全にナメられてるぜ。
「大都市をこらしめるために、停電させてやろうか」って、お前ら、悪の組織かよ。

おおい町も美浜町も、自分たちでは手綱をにぎっているつもりだろうが、もはや袋小路。「やっぱり原発しかない」と決めた瞬間、あらゆる可能性に、フタをしてしまったんだよ。

原発が再稼動しても、このふたつの町は自滅する。
クリエイティブな、柔軟な発想の芽は、こんな土壌では芽吹かない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年5月23日 (水)

■0523■

ホビージャパン 7月号 25日発売
61d6eueitzl__sl500_aa300_
●ラグランジェ・アンヴェール
『輪廻のラグランジェ』のメカ考証を、シリーズ構成の菅正太郎さんとつくりあげていく連載の第二回。デ・メトリオ編です。

かつて、「Bクラブ」なんかでは、ボツ画稿に「○○ガンダム試作型」などと勝手なキャプションをつけて楽しませてくれたが、今は製作委員会最強の時代。
こういうゲリラ的に始めた連載の「オレ設定」にも、二重~三重のチェックが入ります。

前号で一部、ウォクス・リンファ(マダガスカル・モデル)、ウォクス・イグニス(バミューダ・モデル)となっていますが、逆です。お詫びするとともに、次号で訂正させていただきます。

モデルグラフィックス 7月号 25日発売
51f6cqhghl__sl500_aa300_
●ソ連戦車とモビルスーツ
例によって、編集から「誰にも書けない原稿、お願いしたいんですが」と電話がかかってくる。誰にも書けないんなら、俺にも無理だろうよ(笑)。
「こちらで、ソ連戦車とモビルスーツを対応させてみたのですが、その理由は教えません」「えっ?」「理由は、廣田さんが考えて書くのです!」

……編集部で、かなり手を加えたらしいけど、こんなムチャクチャな依頼なら、メシを抜いてでも書いてしまうよね。
こういう無茶ぶりをしない編集者、無理しないライターばかりになったら、「雑誌」という文化は、かなり衰退するよ。

出版不況とか言うけど、元気な編集者は、いっぱいいるんだぞ。


ちょっと前に見かけて、「面白いな」と思った「アマの考える習慣」と「プロの考える習慣」。→
プロとかアマとか言うよりも、「仕事のできないヤツ」は、思い当たるフシがありまくりだと思うよ。

「ぐちっぽい」…仕事のうまく行ってない人って、席につくなり「あれもダメ、これもダメ」って愚痴るから、周囲に「俺はツイていません!」「負けグセがついてます!」と宣伝しているようなものだよね。

「できない言い訳が口にでる」…3日にいっぺんは、この言い訳を耳にしているよ。
「時間がなくて」とか、できない理由なんて、0.5秒で見つかるよねえ? できない理由が世界でいちばん見つけやすいよねえ? それをわざわざ、「これとこれとこれだけの出来ない理由がありまして……今回は残念ながら」って、どうせ次回も残念なんだろ?
たいてい、「できない言い訳する人」って、自分がやりたくない以上に、「他人にやらせたくない」んだよね。

「他人のシナリオが気になる」…ようは、揚げ足とりと嫉妬。
仕事にかかわらず、これはもう、性格だね。自分を伸ばすより、他人の欠点を見つけて、平均をとろうとする。「アイツはこことここがダメだから、俺はこのままでいいんだ!」って正当化。
自分が何もしないんだから、そりゃあ、他人の一挙手一投足が気になってしょうがないよね?

こういう人たちは、他人を生かそうとしないし、かといって自分を生かすでもなく、「俺も私も、まだまだだなあ」とか言いながら、実は、すべてにあきらめている。


さて、母の殺されたマンションへ、ひさびさに行ってきた。
Caoqclr8_2事件から一年5カ月、契約満了なので、部屋の中を処分したいと連絡があったのだ。

しかし、この殺人現場や廣田年亮被告の財産管理は、被告の弁護を行った事務所の担当のはず。
僕に向かって、「年亮さんにも人権がありますからねえ」とふんぞり返った、あの弁護士たち。その彼らが、「マンションの処分については一切関知しない」と手の平を返した。

それから、第一審で被告側の証人にたった、年亮被告の妹。
「兄の生活の面倒を見る」「それは、妹として当たり前」と証言し、記録にも残っている。
ところが、「私は娘夫婦の家にご厄介になっている身なので……」と、これまた、手の平を返した。

そいつらが真っ先に逃げたため、唯一の肉親である俺が、わざわざマンションまで行って、「処分していいですよ」「処分費用は、被告が払えない場合、私が払いますよ」という念書に、判を押してきた。

――弁護士であれ証人であれ、「人殺しを許そう」なんて連中は、こんな程度のことさえ面倒がるナマケモノってことだ。
よく覚えておいてほしい。ちょっとでもお金がかかりそうと知るや、猛ダッシュで逃げだすのは、法廷で「加害者にも人権がある」などと、ご立派なことを抜かした連中なのだ。

自分の尻もぬぐえない大人ばかりで、腹が立つより、笑いが出るぜ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年5月21日 (月)

■0521 いわき再訪その3■

一泊2日の福島県いわき市への旅行記、最後の更新です。
福島第一原発を目視するために、高線量の五社山を登り、翌日はスパハワイアンリゾートCa09h9syに行くのが二大目的で、その間に「海竜の里」に寄ったり、ひとりでいわき駅前のガールズバーに行ったり、細かい出来事はいろいろありました。

もうひとつ、一年前と同じように、「いわき市の市民として何をどう思っているのか」、学習塾経営のGさんと、2人の娘さんを育てている会社員のNさんに、あらためてうかがうという目的がありました。


Gさんの教え子のひとりが、原子力関連業に就職するそうです。それは原発推進だからではなく、いわき市は火力発電所も多いし、エネルギー事業は安定していて、手堅いからだそうです。
だから、この話から学ぶべきは、僕らが「脱原発」と叫ぶのは、外野から石を投げているのだということ。「調子のいいことを言っている」ぐらいの自覚は持つ。恥を知ったら、人間は強くなりますから。

そして、Gさんとしては原発には反対でありながらも、「東京に放射性廃棄物を置くべき」と言います。「東京に住んでいるお金持ちの人たちの意識が変わらないかぎり、脱原発など無理」と。
なぜなら、東京でのラジウム騒ぎは福島でも大きく報じられたのに、いま福島がどうなっているのかを気にする東京の人は、少ない。非常に少ない。というか、原発や放射能の話はタブーになっている。あと、首都圏は安全ということになっている。「何があっても、東京だけは絶対に守ってもらえる」という信仰がいきづいている――って、後半は私の意見ですが。
だから、基準値ごえの食品が市場に出回っても、騒がれない。Gさんは、福島県産の米を買って食べているそうです。それはもちろん、基準値以下の。「売れないと分かっているから」と言います。

福島で基準値以下の米なんてあるのか、と思うでしょうけど、いわき市で家庭菜園をやっている方が心配になって土壌検査をしてもらったら、意外にも0ベクレルだったそうです。
でも、だから「食べて応援」とは言いません。調べて、分かっている人は食べればいい。「食べて応援」の怖いところは、「安全に決まっている」という、無根拠な信仰に支えられているからです。

Gさんは、原発ゼロのニュージーランドを例にあげて、「(資源が)なかったら、ないなりに考えよう」と言います。
ただ、この方の考えの前提には「東京に廃棄物を持っていくべし」があるような気がしました。東京の人間には、当事者意識が欠落しているからです。


さて、会社に勤めながら、2人のお嬢さんを育てるNさん。
以前は学校給食と線量測定の件で、学校と話し合っていましたが、いまの心配は、運動会とプール、林間学校だそうです。

運動会は「土に触れない」「椅子を地面に置かない」「地面にはブルーシートをしく」……これが学校側の提案。「その方が安全では?」と思ってしまうところですが、なぜそこまでして運動会を強行するのか?
これには、なかなか面白い裏事情があります。

まず、学校には運動会などの行事に割り当てられる日数、ノルマが決まっている。そして、運動会は午前中で終わるのに「お弁当を食べてから帰る」決まりになっている。お弁当を食べれば「一日授業をやった」扱いになり、代休をとれるんだそうです。
――でも、それはすべて学校サイドの都合であって、児童のことを考えた結果ではありませんね。

プールはもっとひどく、ずっと水を替えないんだそうです(お金がかかるため)。
林間学校も、とにかく山は線量が高いので、本当に子どもたちを行かせていいのか? だけど、「卒業アルバムに何も行事が載っていないのも、かわいそうな気がして……」と、Nさんは困惑気味です。
だから、原発は「当たり前」を壊す。

Nさんは用事があって、福島市へ行ったんだそうです。大きく「0.5~0.6μSv」と表示してあったけど、子どもたちはマスクすらしていない。申し訳ないような気がして、Nさんはマスクをしないで過ごしたそうです。


去年、Gさんの教え子から「東京どもムカツク!」という言葉をもらいました。→
東京のバカヤロウ、東京のバカヤロウ……一年たって、その言葉がしっくりくるようになりました。役人は無能で倫理がないし、汚染食材も産地偽装も見逃すし流通させるし、親なのに、子どもがいるのに、「原発事故は去年のこと」「放射能は福島の話」と対岸の火事に事態を押しやる、見捨てられても仕方がないような無関心な都民。
彼らは、こう思っている。「東京にさえなければ、原発はあってもいい」「原発以外のエネルギーがあるなら、それでもいい」。

S氏の運転する車で、東京に戻ってきました。「なんかこう……人は多いけど、中身がないっすね」と、S氏がつぶやきました。別に何をさして、というわけでもなく。
電車に乗ろうと駅へ向かうと、スマホを見ながら歩いている人の多いこと。自転車の後ろに子どもを乗せて、ゆらゆら歩きながら、ケータイを見ているお母さんもいた。

「私も線量計を買ったのよ」。もうガールとは呼べない、ガールズバーのお姉さんが言ってたよ。ちゃんと俺の顔、おぼえてたよ。
一年間で危機意識をもつようになった、彼女のほうがマトモなんだよ。「当たり前」が崩壊したことを認めて、正気でいることが大事なんだよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■0521 いわき再訪その2■

本日、二度目の更新。福島県いわき市行きのつづきです。

去年夏以降、「もう一回、いわきへ行くキッカケが欲しい」と思いつづけて半年が経過し、当地との手紙のやりとりも途切れがちになってきた頃(最後に送ったのは、石黒昇監督が寄付してくださった簡易マスクのダンボールだった)、いわき出身のS氏が「福島第一を肉眼で見られる山があるんですよ!」と誘ってくれたのでした。

僕も、事故直後は「この目で見たい」と思ったし、いずれは福一に行くことになるような気がしているので、予行演習の意味で、広野町の五社山へ登ることにしたのでした。


道すがら、Jヴィレッジにも寄ったのですが、若い警官たちに「何しに来たの?」と呼び止められました。
「面白半分に観光に来た気楽な連中」と判断されても、まったく言い訳できないので、聞かれるままに住所・氏名・職業を名乗りました。さすがに「雑誌に記事を書いています」と答えたら、「どんな雑誌に書いてるの?」と、怪訝な顔をされましたが。

「ここ(30キロ圏内への検問所)には、自宅に帰る普通の人たちもいるからね。その人たちが、写真をとられたら、どんな気持ちになるか、よく考えてほしい」。
自分より若い警官にそう言われて、恥ずかしくなって、その場をあとにしました。そうだ、一般の人も通るんだった……。
警官たちは、持ち回りで全国から警備に来ているそうで、関西の人もいました。

この場で、空間線量は0.36ぐらい。S氏の線量計では、さらに高い。五社山の山頂近くの駐車場へ向かうと、ぐんぐん高くなっていきます。


山頂への道は、ワゴン車が一台とまっていた程度で、あとは駐車場まで来て、バイクで峠を攻めに来た若者がひとり……。
015_2こんな写真では何も伝わらないだろうけど、本当にきれいな山なんです。
陽の光が、葉っぱごしに降りそそぐと、視界全体が、ぼんやりと緑色に染まって……「こんないい場所なのに、原発事故が台無しにした」と、S氏も怒りはじめました。
今後何十年もの間、わざわざこの山に観光にくる人は、いないでしょう。原発立地だけでなく、日本人みんな、こんな山河を危険地帯にしてしまう原発の必要性、人類のやらかした大失敗を、無言で許してくれている自然のことを、よく考えないといけない。


地図によると、山頂の駐車場から展望台までは、30分ぐらい。
最初は、使い捨てマスクだけで登りはじめたのですが、山道の途中で、S氏が「やばい、これは引き返しましょう」。僕の線量計は、1μSvを越えています。0.1ではなく、1マイクロ。S氏の線量計は、もうちょっと高い。

駐車場まで戻り、S氏が静電気防止スプレーを吹いてきたタイベック(防護服)を着ます。
マスクもN95規格のガッチリしたものに換えて、再トライです。
山頂への道は、おそらく「通行禁止」の意味で、木が倒してあります。それらを迂回して登るので、汗が噴出してきて、メガネが曇る……原発作業員の皆さんは、この防護服を真夏でも着込んでいるわけです。

山頂の展望台で、僕の線量計は0.7マイクロまで下がりました。S氏の線量計は0.82マイクロ。子どもはもちろん、大人でも来るべきではない場所。しかし、僕は防護服を着る前から、何だか恐怖心が麻痺していました。
(むしろ、東京でのほうがビクビクしているのです。)

展望台にあるやぐらに登って、「ああ、あれじゃないですか?」と指をさす。
018「いえ、あれは福島第二です」と、S氏は冷静に答える。福一はもっと向こうにあり、現地の言葉でガスってる(海から水蒸気が立ち上っている)ので、見えづらいそうです。

それでも、S氏は執念でカメラを構え、「たぶん、あれが5号機と6号機。ちょっと離れて建っているやつですね」と、確認しました。


途中、山の管理をしている人が来たそうですが、僕は気がつかなかった。
駐車場に戻り、N95マスクと防護服を脱いでビニールに密封し、全身にホコリ除去用スプレーを吹きます。
最後に、ガソリンスタンドで洗車。実家に帰宅したS氏が線量を測ると、防護服は思ったほど汚れていなかったそうです。

福一を見られたかどうかより、あれだけ綺麗な緑の山なのに、マスクが外せないほど線量が高い……というのが、ショックでした。
「放射能のどこが危険なんだ」と笑ってらっしゃる方たちは、美しい故郷を手ばなさざるを得ない人たちの心を、踏みにじっています。
今の状況を嘲笑ぎみに眺めている連中は、ただ自分の人生にしらけ、手前勝手に世界をつまらないものと決めつけ、うまく行かないのは自分ではなく世界のせいだ、俺以外の誰かが必死にがんばるべきなんだ、とベルトコンベアに乗ってダラダラと理想もなく生きてきた者ばかりなので、救おうにも救えない。

学習塾経営のGさん、娘さん2人を養うNさんとも再会したので、その話は次の更新で。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

■0521 いわき再訪その1■

去年の夏の上映会以来、9ヵ月ぶりに福島県いわき市へ行ってきた。
Cao1vszs「ゴジラお譲りします」。
昨年6月には廃墟のまま営業続行していたセブンイレブン()は、ちゃんとした店舗に建て替えられていた。
しかし、営業時間は「朝6時~22時」だそうで、あいかわらず我が道を行っている。

しかし、福島第一原発をにらむゴジラは、「価格応談」で売りに出されていた。このまま、福一をにらみつづけてほしいんだけど。


一泊2日の旅は、初日は福一を肉眼で見るため、広野町にある五社山へ。思いがけない高線量にビビり、防護服着用での登山となりましたが、それは後日。
2日目に行ったスパリゾートハワイアンズの、文字通り、暑苦しいまでの熱気がすべてを吹きとばしてしまった気がする。

去年の6月に行ったときは、避難所に使われていたけど、今年2月にリニューアル・オープン。
Cafm2o87映画『フラガール』ではストレートな「美談」として語られているけど、いい意味でくるってます、この施設。
映画の中でも「なぜ東北にハワイ?」みたいなことが言われていたと思うが、その「なぜ?」が建物全体からもうもうと湧き上がり、変な笑いがこみ上げてくる。
これだけの敷地を使って、壮大な一発ギャグをかまされたような、冗談のような施設。ディズニーランドとかUSJなんて、ぜんぜん真面目だもんなあ……。

ようは大型プールと温泉とホテルなんだけど、「ハワイ」というデコレーションの味が濃すぎて、その本質を隠している。具が多すぎて、麺が見えないラーメンみたいな感じ。
映画にたとえるなら、「よく考えたら、ありふれたストーリーなのに、ものすごい顔の俳優が出てたな!」みたいな。

最初に「あれっ?」と思ったのは、ショーを見るため、座席に座っていたとき。同行していたS氏が「この座席、船になってますね」と気がついた。
よく見ると、椅子がカヌーのようなデザインになっているのだ。いやいや、客を船に乗せてまでムードを出したいか、と。その凝りかたが統一感を出しているというより、とにかく「ハワイ」「南洋」を想起させるものをごちゃ混ぜにしてみました、的なカオスをかもす。

かと思うと、ローマ風呂のような一角があったり、いちばん意味が分からないのは、大露天風呂が「江戸」風になっていること。その露天風呂では、ふすま越しに影絵になったダンサーが、日本舞踊を踊るらしい……そして、周辺のみやげ物やトイレまで、徹底的に江戸風。
しかも、ブームの頃はエリマキトカゲを飼育しており、今は剥製になって飾られている……これ、最大の誉め言葉だけど、「悪趣味ですねえ」っていうか、えげつなさが美学の域に達している。
これこそ「文化」、建物自体が、芸術です。


スパリソードハワイアンズは、炭鉱が閉山するので、地域活性化のために考案されたものだけど、ようは原発で地域をうるおすよりも、迷惑料で殺伐と儲けるよりも、もっと知恵しぼろうぜ?ということ。日本全体ね。

いま、いわきは線量も「東京より低いのではないか」ってぐらい下がっているし、ハワイアンズだったら「面白いから、ちょっと見てきたら?」と言える。


その前日の夕方、きれいな海を見たくて、薄磯という場所へ寄ってもらった。
そこは津波の被害が甚大で、住宅街が、更地のようになってしまっている。

堤防や、残った門柱などに、花や魚の絵が描かれていた。
Cayv4z89







よく見ると、家々に花が供えてある。遺族の方たちが供えたのだろう。
Caz3r927







「You will always hold a special place in my heart」。家の跡地に埋め込まれていた。
Cat5us1f

花って、自然に枯れたり、散ったりするでしょう。暴力的な方法で、肉親の命を奪われた人は、静かに花が枯れていく様子を見て、安心するんだと思うよ。
人の死って、遺影でもお墓でもなく、何らかの行為として習慣化しないと、受け入れられないんだよ。「失った」という事実を受け入れるためだけに、人は能動的にならなくてはいけない。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年5月18日 (金)

■0518■

『輪廻のラグランジェ』 Blu-ray Vol.3 25日発売
512rhp9nrol__sl500_aa300_
●ブックレット編集
どんな物語にも、その物語の「さいはて」があって、世界の果てる場所まで行った人物が、物語の描き得る範囲を、指し示します。
そのような人物はたいてい、主人公の正義をあざ笑うような、その反面、認めているような、敵とも味方ともつかない立場で現われます。

第5話で、ヴィラジュリオは、まどかが叫んでまで伝えようとする正論に、大あくびで答えます。物語が、その輪郭を現した瞬間です。
かつて死線をさまよった彼が物語に登場するのは、まずは主人公の未熟さを証明するためです。でも、未熟と証明してもらえたからこそ、主人公は「さいはて」など見ることなく、物語のど真ん中を歩いていけるわけです。

そして、「さいはて」を見てきた人物は、決して万能なのではなく(万能にしてしまう物語もあるけど、それでは予定調和におわる)、時として主人公に「これは一本とられたぞ」と、立場をおびやかされるわけですね。硬い金属が、ちょっとだけしなるような、それが「物語の強度」ってやつですね。

そうやって押したり、押し戻されたり、誰をも否定せず、かといって単純に肯定もしないのが、良い物語、我々に力を与えてくれる物語ですね。


おおい町町議「地元の経済問題、あるいは雇用問題については、われわれだけが言える。固有の権利はわれわれしか持っていないのであって、周辺市町村とか、立地自治体以外の国民が、こういう問題についてどうのこうのいえる問題ではないのではないかと」。→
ここまで「お前ら関係ない」と言い切ってくれてると、むしろスッキリするよね。交付金にどっぷり甘えていようが、その町にはその町の生活が、40年続いてきたんだってことは、よく認識しておこう。

一方、「原発が動いてくれないと、商売が成り立たない」と情に訴えるのであれば、「就職活動に失敗して」自殺した20代の若者は、二年連続で190人を越えているんだぜ。
国に泣きつけば、打ち出の小槌のように金の降ってくる自治体と、先行き不安で死ぬよりなかった若者たち。どちらも「仕事がない」のは同じこと。

「他にどうしょうもない」「これしか道がない」という“男らしい”判断は、破滅に直結している。そう決意した人間は、必ず破滅する。この目で何度も見てきたから、断言できるよ。
男たちは、要注意だね。


原発関連で、もう一言。
「需給問題とは別に、再稼働せず脱原発すれば原発は資産から負債になる。企業会計上、脱原発は直ちにできない」と仙谷政調会長代行は明言した。関電のスポークスマンだな、この人は。

先のおおい町町議の話と照らし合わせれば、大飯原発の再稼動は「関西圏の電力供給とは無関係」。地元自治体と電力会社の都合最優先であることを、お忘れなく。


さて、明日のいわき市行きのため、吉祥寺で買い物。
再会する方たちへのお土産は、産地に気を使います。「国産」とだけ書かれたものなんて、NGです。

……で、帰ってきてみたら、今度は岡山県でコメの産地偽装かよ!→
通販もしてるということは「西日本のお米なら安全」と思って取り寄せている人たちの信頼を裏切り、嘲笑し、踏みにじったわけだな。
なのに、市はJAS法にしたがって「改善を指示」。まったく罰されない。罪人には甘いのぉ、この国は!

ガンディーは「罰する力のある者だけが、許すことができる」と言った。この国では、罰する意志すらない者が、えんえんと許しつづけている。誰にも、当事者意識がない。
いわきから戻ったら、忙しくなるぞ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年5月16日 (水)

■0516■

本日は、文部科学省前の抗議活動に参加した。
Ca8vtkri「福島の子どもたちを避難させよ」がテーマなので、今週末、いわき市を再訪する僕は出るべきだと思った。
こういう小さな抗議活動に集まる人たちは、それぞれ独自に福島へ行ったり、細かな情報を調べていたりするので、それを拝聴したかった。
あと、この抗議活動は東電前や官邸前のように「お向かいさん」に追いやられるのと違い、文科省のまん前で行えるので、ストレスがない。

参加者全員がマイクでスピーチせねばならないらしく、僕は昨年のいわき市行きの話と、給食利権の話をさせてもらった。
しかし、火炎瓶テツさんの怒涛のスピーチには、またしても感銘を受けた。「政府が子どもたちを見捨てた理由を、分かりやすく説明してあげよう。われわれ大人は、金を稼ぐから経済に必要だ。しかし、子どもたちは働いてないので、経済に貢献しない。だから、切り捨てたのだ」。
もちろん彼の仮説だが、「人体実験」よりは、説得力を感じた。僕は、無為無策の日本政府が、わざわざ「人体実験」をするほど殊勝だとは思っていないんでね。

ともかく、官僚は徹底的に怠惰で、倫理にかける。
霞ヶ関にはフィフス・ルナでも落とすとして、各自治体がケンカしながら対策を決めていった方が、まだ未来が見えてきそうなものだ。


週末のいわき行きは、一泊2日。
初日は福島第一を目視するので、N95を持っていく。フルアーマーになる必要はないそうだが……四号機に何かあれば、そのときはサヨウナラ。

二日目は、スパリゾードハワイアンズで遊ぶ。――遊ぶって言っても、それが本当に楽しいかどうかは、行ってみないと分からない。分からないから、行くのであって。
ホテルで出された食べ物はどうしようとか、いろいろ気になるよ。無駄死には、いやだからね。


フリージャーナリスト、田中龍作さんの記事。→
東電の勝俣会長は、国会の事故調査委員会で、福島代表の委員につめよられて「大変厳しい、貴重なご意見を頂きました」なんて言ってるよ?

でも、「私の責任じゃありません」の代わりに「ご意見は、きびしく受けとめます」なんて答える大人がほとんどなんじゃない? 「貴重なご意見、ありがとうございます」とか、反省しないですむように、自分が傷つかなくてすむように、何度も何度も目をそらしつつげる大人たち。
みんな、「私のような大人になりなさい!」と、大声で堂々と子どもたちの前で言えないだろう? 勝俣会長みたいに、のらりくらりと責任逃れしてるからだよ。

産地偽装しても罰せられない食品卸業者は、「だまされて買ったヤツらが悪いのさ」って、若い後継者に、かしこいサギの方法を教えるんだろうな。
そうやって、人類は堕落してきた。

まったく同じように、「大事故が起きても、知らん顔をして黙りこむような大人になりたまえ」って、君たちは若い世代に言うつもりなのか?
「どうせ人間は死ぬ。怒るのはエネルギーの無駄、とにかく楽しく生きようぜ」とでも言うつもりか? そんな風にやりすごしている大人が、ほとんどのように見えるけど?

子どもの頃、「ウソをつかない勇敢な大人になろう」って誓ったはずだろう、思い出せよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月14日 (月)

■0514■

『GALACTICA/ギャラクティカ』シーズン2の名エピソード『ブラックバード』の原題であり、元アイデアになったという『フライト・オブ・フェニックス』を見た。
003ただ、レンタルしてきたのはリメイク版のほうなので、オリジナルの1965年版を見るべきだったのかな。

砂漠の真ん中に墜落した輸送機。生き残りの中に、たまたま航空エンジニアの青年が乗っており、彼は輸送機の残骸から「新しい飛行機をつくろう」と提案する。
……プロットとしては『ブラックバード』よりも、シーズン1で、遭難したスターバックが、サイロン機を改造して脱出するエピソードに似ている。

『フライト・オブ~』では、飛行機の設計と改造を指揮する、屈折したエンジニアが面白かった。「みんなの役に立ちたい」と「みんなを支配したい」を混同して、その気持ちを自分でも制御しきれない――マニアックな、オタク趣味のある人なら、誰でも覚えがあるんじゃないかな。
知識や才能に酔って、つい傲慢にふるまってしまう。

だけど、それは欠点とは言い切れないよ。人間の宿業だと思うよ。
そして、欠点のある人間を「救う」ことが、大衆映画の使命でもあるんだよ。彼が傲慢になったせいで、みんなから報復されるような展開だったら、そんな映画はつくる意味がない。
最後には、どうにかして、彼を「ちゃんとさせる」必要があるんだよ。


このエンジニアが、シーンごと、どこに立っているかに注目すると、彼の価値観が分かる。

たとえば、主翼同士を接合するとき、クレーンが切れて、アジア人の料理人がピンチに陥る。
結局、この作業は成功し、アジア人も助かる。みんなが彼の無事を喜んでいる……と、カメラがティルト・アップすると、エンジニアは翼の上にいて、接合部をチェックしている。
ほかにも、ひとりで数をかぞえながら両手を広げて砂漠を歩き、立ち止まってメモをとっていたり。
どのカットでも、みんなと同じ行為をしていない。ひとりで、別のことをしている。僕にも、そういう孤独癖、孤高を気どる悪癖があるから、分かるんだよ。

そしてなあ……ひねくれた彼が、皆と一緒にがんばるシーンを見て、こっそり自分の心を修復するんだよ。映画ってのは、そのためにある。


パチンコ屋の前、70歳半ばぐらいのジジイが、タバコの吸い殻を地面に投げすてた。
すると、ホウキとチリトリを持ったパチンコ屋の女の子がタタタッと駆けてきて、さっさと吸い殻を片づけてしまった。
その女の子の給料なり、バイト代なり、いくらぐらいだろうか。きっと、ジジイのもらってる年金のほうが高いんじゃないかな?

ともあれ、それが今の日本の縮図さ。ジジイが汚し、若者が後片づけ。それが今、日本で行われていること。
おおい町の町議会が、大飯原発再稼動にGOサインを出したけど()、観光だの特産品だの言っといて、結局は原発労働者でなりたっている旅館や食堂、干上がってるからでしょ。町長の息子の原発関連会社を、儲けさせたいからでしょ。
僕は「関西の夏の電力は大丈夫かな」って心にひっかかるけど、少なくとも大飯原発の再稼動は、原発立地の利益のためであって、関西圏の電力供給とは関係がない。

爆発したら危険とか、爆発しなくても危険以前に、一方的に誰かが得をして誰かがリスクを負いつづける社会を、もうやめないといかんでしょ。
今の日本は、老い先短いジジィが道にゴミを捨て、未来ある若者が拾って片づける社会。せめて、「自分の出したゴミは自分で片づけてから死ね」ってことだよ。


昨日は母の日だったので、カーネーション買ってきた。
Cao35brz_4……これでも、きれいな色を選んだつもりなんだ。去年は、真っ赤な血の色のカーネーションを買ってしまい、悪夢にうなされたものだった。

肉親を殺されて、「よかった」ことなんて、ひとつもないですよ。
東京新聞の投書欄に「死刑廃止」とかいう投書が載っていて、「加害者が更生したら、被害者遺族にとっても嬉しいはず」などと、聖母マリア様のような、心清らかなありがたいご意見が掲載されていたけど、んなわけあるかよ。
典型的な「頭だけで考えた意見」だね。血まみれの犯行現場を見てから言ってくれよ。

日曜日の花屋は、どこも景気よかったよ。三鷹みたいな小さな町でも。
でも俺は、なじみの小さな花屋で買うことにしたよ。「いつも、ありがとうございます」って言ってくれた。いつも、200円前後の花しか買ってないのに。
マッサージ屋のおじさんが外に出て、のびをしていた。恥ずかしそうに、「どうも」って挨拶してくれた。

家族のいない僕には嬉しいことだけど、俺は……幸せではない。
砂漠の真ん中で、みんなを乗せられる飛行機をつくって、それから死にたい。

TM and (C) 2004 Fox and its related entities. All rights reserved.

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年5月12日 (土)

■0512■

原稿に追われつつも、2日つづけて打ち合わせがあり、どちらも目の前のことがよく見えている若者たちが相手なので、ジジイとしては、ホッと安心する。

歳には関係なく、仕事できるヤツは、人の話をよく聞く。「人の言うことを聞いて、その通りにする」んじゃなくて、「人の考え方を聞いて、どうするかは自分で決める」。
だから、「うんうん」「はいはい」と熱心にうなずいているヤツは、ある意味、警戒しないといけない。必ず、こちらを上回ってくる。

「仕事ができる」とは、「最小の労力で最大の儲けを出す」なんていう、くだらない意味ではなく……「無駄をはぶく」のは、基本だと思うけどね。
がんばったことは、割と、お客さんには当たり前のように受容されてしまうけど、手を抜いた(さっさとあきらめた)分は、完成した仕事に残ってしまう。どれほど労働力を投入しようが、発想の部分で楽をした企画は、どうしても完成品に手抜き感が出てしまう。

宮崎駿が、障害物に向かって目を閉じてしまうアシタカの原画を見て、「このアニメーターの生き方が出ている」と酷評していたけど、そういうもんだと思う。


日本司法支援センター「法テラス」に電話したら、明らかに間違った情報を教えられた。
「間違ってましたよ」とメールしたら、「各オペレーターが適切なサービスを提供できるよう、研修の実施等を行っているところですが、今後とも更なる努力を行って参りたいと存じます」という、頓珍漢な返事がきた。

そうじゃないだろうよ。そんな抽象的なことじゃないだろ。
俺が法テラスに教えられたのは、「三鷹市の法律相談は刑事事件も扱っている」という情報だった。しかし、市に電話すると「民事のみですよ」と。
その情報を、法テラスのデータベースに上書きすれば、その日に同じ質問をする人がいたとしても、間違わずにすむでしょってこと。「更なる努力」なんかじゃなくて、データベースを上書きするだけ。なんで、ちゃんと具体的に考えない?
テンプレなのかも知れないけど、上っつらだけの美辞麗句は、世の中に何の役にも立たないぞ。

原発・放射能関連で、いろんなメーカーや官公庁に問い合わせたけど、こういう、本質からズレたリアクションが非常に多い。
のらりくらりと、「聞かなかったことにする」社会は、向上心を捨てている。お前は楽でいいかも知れないが、社会が迷惑するんだってことだ。


あまり身内の恥は書きたくないのですが、まだ母が生きていたころの話。

廣田年亮被告が、自分の飼っているブルドッグに腕をかまれ、大量出血したことがあった。
母は救急車を呼び、被告は病院へ。その後、「床に飛び散った血がすごいので、掃除に来てほしい」と母から電話があり、僕は、両親の家へ急いだ。
洗剤とぞうきんで掃除したあと、被告が病院から戻ってきた。片腕を何針か縫っているのに、何事もなかったかのように、ニコニコしている。

僕と母が、事件を起こしたブルドッグが暴れないよう、リードでつないでいるのを知ると、被告は「お前たちが、こうしてストレスを与えるから、噛んだりするんだよ!」と怒りはじめた。
天井まで血が吹き上がるほどの怪我をしといて、俺と母が悪いとか言っている。そして、噛んだブルドッグに「よしよし、何でもないぞ」なんて、声をかけている。

僕は後日、「あのブルドッグは施設に送り、再訓練すべし」と意見した。
返ってきた返事は「あの犬は、○万円もかけて、日本最高のドッグトレーナーに訓練させた。再訓練の必要などない」。

――なんかに似てるでしょ、この事件。廣田被告の「はあ?」と思わせられるリアクション。
そう、原発事故のおきた日本だよ! 「大丈夫、たいしたことは起きてないんだ」と、正常性バイアス全開。被害におののき、対策をこうじている側を「おかしいのは、お前たちだ」と責める。自分が噛まれたくせに「最高のトレーナーに訓練させた」と胸をはる犯人と、爆発事故がおきたのに「日本の原発は、世界一」といまだに言っている連中と、頭の構造はまったく同じ。

ちなみに、僕の意見を聞かなかった廣田被告は、またもや犬に噛まれる。彼が母を包丁でメッタ刺しにするのは、犬が死んでから間もなくのことだ。
「大丈夫、なんでもない」「悪いのはお前たちだ」と言いつづけた男の末路が、殺人犯。笑えない話だろ?

「原発が爆発したけど、大丈夫だ」「悪いのは、放射能を怖れているお前たちだ」と言っている人は、廣田被告の同類に見えてしまう。


殺伐とした話をしてしまったが……たまに行く立ち食いそば屋に、やけに綺麗なお姉さんが入った。
お姉さんがどんぶりを洗っていると、主人が背後から「ちょっと話があるんだけどさ~。こんなときでないと、話せないだろ?」 お姉さんは「こんな時だからこそ、話してるヒマないです」と、どんぶりを洗いつづけた。

こういうとき、女ってのはカッコいいなと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月 9日 (水)

■0509■

言うまでもないことですが、文筆業がお金にできるのは「原稿」という成果物だけであって、打ち合わせや素材の受け渡しなどの時間は、一円にもなりません。
僕も年寄りになったせいか、先方から三鷹の喫茶店まで出向いてくれることが多くなったとはいえ、早起きして打ち合わせに行くぶん、朝まで原稿を書いていたいのが本音。

マチ★アソビのトークショウというか、GIGAZINEさんの取材記事()はなぜか好評で、あちこちで「見ましたよ」と、声をかけていただける。
「今度こそ仕事がなくなるな」と、ある程度は覚悟して発言したのだが、仕事は減る気配を見せない。

そんな好意的なリアクションも、唾が飛ぶぐらいの距離で話して、東京に戻ってからも「読みましたよ」と、口頭で言ってもらえることに意味があるというか……少なくとも、ネットで愚痴るよりは、どこの誰がいるとも分からない、雑多な空気の中でのほうが、信頼は生まれやすいんだろうね。

来月は、明治大学で講義があるけど、話す機会がもらえるのは嬉しいね。


アニメ特撮レビューサイト「MILO!」で、神崎将臣さんが『CASSHERN』のことを書いてくれた。→
僕は、神崎さんが「この世に、駄目な映画なんてあるのかな」という意味のことをツイートしてらしたのを見かけて、「なんと信用できる方であろう」と思ったものだった。

昨夜、内田有紀の『ばかもの』という、フザけたタイトルの映画を見たんだけど。
003年上の女にセックスの愉悦を教えられた若者が、彼女にフラれてから、酒におぼれていくという、チラシの裏みたいな話で。

だめな主人公が堕ちていく過程もおざなりで、べたっと平板。
その彼が、アルコール病棟から出て、立ち直っていくのも、同じぐらい平坦で。
だけど、そんな映画でも、「あっ」と思うようなカメラワークがあったりする。それが見られたら、あとはもう、どうでもいい。
でも、そういうのって、法則性があるわけではないから、いつ見つかるか、誰なら見つけられるか、確定できないんだ。

「いい映画」なんてものは、ないんだよ。僕らとその映画の関係が、いいか悪いか。どちらか一方にだけ、理由は求められないよね。


原発全停止、5日目。

どうも、僕みたいにモニターの前に座って、笑ったり泣いたりしている人間は、物事を対岸に置きがちなので、来週末、一泊2日で福島県いわき市に行ってきます。
福島第一原発を肉眼で見られる場所へ行くんだけど、それで自分の何かが変わると思うほど、甘くは考えていない。

僕なんかより、どんどん社会へ出て行って、ちゃんと奥さんも子どももいる男が、「俺は政府の決めたことに従うぜ」なんて、開きなおりもするんだよ。
そんなことを男らしいと思っている。だから、男らしさなんてクソくらえって、何年も前から言ってるんだ。

何が起きても、「たいしたことじゃない」と、まったく対策を打たず、あれこれ「できない」言い訳をして話をすりかえ、挙句は妻を殺したくせに、法に甘えて命乞いをつづける。――それが、僕の父親のなれの果てさ。
覚えのある人は、要注意。

(C)2010ばかもの製作委員会

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«■0506■