2014年12月15日 (月)

■1215■

シナリオは面白いことが大前提!アニメ「妖怪ウォッチ」監督 ウシロシンジが語る制作の裏側
T640_663403『妖怪ウォッチ』のウシロシンジ監督に、パワフルなシナリオ会議の様子を聞きました。実は、かなり打ち合わせ時のノリで内容を決めているのですが、この打ち合わせは、才能のない人にとっては地獄です(笑)。
才能がなければ見ることのできない、努力しきれずに力尽きたからこそ見えてくる風景というのも、あるんです。


才能がないのに、「ある」と信じこんで努力していると、大変な苦労を強いられることになります。それでも、20代のうちは立て直しがきく。「30歳をすぎて、才能があるくせに世の中に出られないのは、そりゃあ性格の問題だよ」と、ある人にいわれて、僕はあきらめがついたんです。性格をあきらめたのではなく、「自分には、創作の才能がない」と認められたんです。
それはやっぱり、失敗してみないと分からない。人にアイデアを見せて、首を横にふられないと、分からない世界です。そういう恥を、僕は20代のころ、百回ぐらい味わってきたので。

でね。己の才能のなさに絶望しつづている間、「その裏で、しっかり蓄積できているものがあるはずだから、それを見つけろ」と、僕は言いたいんです。
ぜんぜん絵がヘタクソ、物語をつくるオリジナリティも筆力もない。そんな風にけなされて、うなだれて帰ってきた経験のある人は、何万、何十万といるはず。その帰り道に、ちょっとずつ熟成されていくものがあるんだと、僕は信じている。それは、他人に対する接し方かも知れない。「もうちょっと愛想よくすれば、担当者のウケも少しは良くなるかも?」と反省できたなら、笑顔をつくる習慣が身につくでしょう。だったら、笑顔を活かせる仕事についたほうが、絶対に幸せ。
それは、隠れた才能の発見であって、妥協ではない。


実体験にとぼしい僕は、かじりつくように本を読んで、そこからビジュアル的に面白そうなアイデアをひねり出した。だけど、アイデアを具体的に映像化していくのは、また別の才能です。現場でおおぜいのスタッフに指示を出せるぐらいのコミュニケーション能力、寒くても元気に屋外で動きまわれる体力も必要。僕には、どちらもなかった。

すると、現場でどんどん撮れる才能の持ち主に、アイデアだけ持っていかれる(笑)。
最初は怒っていたけど、「いやいや、待てよ。こいつの実践していることは、俺には出来ないすごい事だぞ?」と気がつく。そうすると、どうやって彼がアイデアを形にしているのか、興味がわく。……それで、僕は「取材すること」が好きになったんです。
自分でゼロから創るよりは、もう完成している作品から帰納的に「作家の考え」を類推することが面白くなってきた。ある編集者が「雑誌に書いてみない?」と誘ってくれて、初めて僕の成果物が、世に出たわけです。
それまで、10年かかりました。だけど、その後、16年間も雑誌や本に記事を書いているのだから、無駄な10年ではなかったでしょう。


だけど、「ライターの才能」は文章力なんかではないと、僕は思っています。ひとえにスケジュール管理能力。シメキリを死守するため、複数の仕事を調整していく。プロジェクト全体からすれば、ライターの文才なんて、「ないよりは、あった方がまし」レベルでしょう。
そこが、小説家や脚本家と違うところです。別の種類の才能です。

それでも創作をやりたかったら、趣味の世界でやればいい。そのほうが幸せなはずです。
どうしてもプロになりたいがため、長年かけて構築した人間関係、もともとあったはずの才能、すべてご破算にしてしまった人を、何人か知っています。

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2014年12月11日 (木)

■1211■

レンタルで、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』。
Jppubphotosub1reveot_large原作は日本のライトノベルだが、英語圏で出版されるかされないかという初期の段階で、早くも映画化企画が立案されたらしい。さすが、ハリウッドは企画に飢えている。
日本のアイデアが輸出される形でのハリウッド映画化は、ホラー映画をはじめ、過去にいくつも例がある。でも、オタク・コンテンツを作っている人は、別にハリウッドで映画化されることを夢見てはいないんだよね。そんなことより、国内でアニメ化してほしいんだ。
「内輪で熱狂的に愛されれば、それで満足」って価値観が、ハリウッドに搾取されつくされない防波堤にもなっている。『ブラック★ロックシューター』は、pixivとニコ動から深夜アニメへ展開したからサクセスなのであって、深夜アニメが「あがり」なんです。クールジャパンがどうこう議論している議員さんには、この感覚すら分からない。うまく行くわけないじゃない。

でも、ハリウッド版『オール・ユー~』には好感をもった。ダグ・リーマン監督はSF映画は初めてで、別にマニアではない。それゆえの実直さが、端々に感じられる。強化外骨格の管制システムが日本語音声だったりするのも、さり気ないリスペクトになっていた。


強化外骨格をCGにせず、実際に着用してアクションするメイキングは事前に見ていたが、レンタル用ブルーレイには、外骨格をFRPで作成しているシーンも収録されている。それぞれ細部が異なるので、何十人というスタッフが、えんえんとFRPを磨き上げている。
時間をループさせられる主人公が、いよいよ敵のそばまでたどり着けたのか……?というタイミングで、バッテリーの切れた外骨格を脱ぎ捨てていくシーンがいい。自由になった主人公の背後で、じっと動かなくなった外骨格……それは、彼が何十回と体験させられてきた過去の亡き骸のように見える。

この映画は、計算づくで撮影されたわけではなく、80回も書き直された脚本は完成せず、撮影しながら、現場で細部を決めていったという (スクリプターが、「このシーンはこう変わったから、あのカットはキープだ」とプロっぽい会話をかわしているメイキングには、見ごたえがある……何百人という細分化されたプロたちが、映画を支えているのだ)。
少し似た構成の『メメント』がソリッドなのに対して、『オール・ユー~』には、その先どうなるのか分からない揺らぎ、柔軟性がある。だから、そのバッファの中で、自分のプレイしてきた様々なゲームや、何度もリプレイしてループを脱したときの達成感、そのループが実体験としてどんな意味を持つのか?などなど、好き勝手なことを考えていられた。

おんぶにだっこで、最後の1秒まで飽きさせない映画に価値があるのかと言ったら、見ながらあれこれ考えられる映画にだって価値はあるし、それぐらいの余裕は見る側にもほしい。


だけど、いまは映画に付随する情報が多すぎるので、誰もがハズレを引きたくない。だから、100点満点で何点だとか、★がいくつあるとか、減点法のネガティブなレビューばかり当てにする。しょせんは減点法だから、いい部分を見つけたら星が増える、悪い部分が多いからマイナスといった程度の、ケチくさい評価しかできない。
つまり、「満点をこえる体験」を、ハナっから拒否してしまっているのだ。せっかく予想外の出会いがあっても、「どこで点を減らせるか」ばかり考えている。初対面の相手のどこがダメなのか、あら探しするのに似ている。
そういう人ばかりになってしまったら、映画は30年もたたずに滅びると、僕は思っている。

(C)2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BMI)LIMITED

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2014年12月 8日 (月)

■1208■

半年ぶりのフィギュア新作、『うる星やつら』のラムです()。
A_1今回は、「髪の毛で自立させる」「付け睫毛を植える」など、いろいろトライアルしてみました。反省点もあるけど、ようやく「作品」になってきたのかなあ……と、すこし自信が出てきた。

来年1月11日、スーパーフェスティバルに出店しますが、これまで作った『魔女の宅急便』キキ、『タイムボカン』淳子も含めて展示します。これらの写真を集めたミニ同人誌も作るつもりですが、やはり実物を見て欲しい。
写真は、ある部分は活かすけど、欠点を必要以上に強調してしまう場合があるので。


『ガッチャマン』の初音映莉子を目当てに、『ノルウェイの森』を借りてきた。
監督はなんと、『青いパパイヤの香り』のトライ・アン・ユン監督じゃないか! 20代後半だった僕は、ちゃんと『青いパパイヤ~』の前売り券を買って観に行ったよ。

だから、『ノルウェイの森』もアホな映画には仕上がっていない。知的なカメラワーク。主人公が、アルバイトで生鮮食品を運んできて、ガシャッとフレーム外に置いて立ち去る。そのとき、カメラがフレーム外にある生鮮食品(魚)に寄る。「魚のアップは気持ち悪いな」と思うか思わないかのうちに、シャッと次のカットへいく。鮮やかだ。
そういうディテールから映画のテンポは生まれるし、僕らが「見やすい映画だな」と感じるのは、洗練されたカメラワークとカッティングの賜物なんだ。
(文学性と無縁の映像センスをおざなりにした映画は、脚本がよかろうが何だろうが、スカスカだよね。)


『ノルウェイの森』の原作は、日大芸術学部に通っている87年に、出版された。誰からともなく、上下巻が回されてきたので、読んだ。その程度には文化的な環境だったし、「村上春樹ぐらい読んどけ」ってムードのある大学の雰囲気には、感謝している。
物語はどうでもよく、ただひたすら、文体に魅了された。小学校時代からの友人が村上春樹を勧めてくれた理由は、「お前のとがりすぎた部分が、とれるだろうから」とのことだった。

「日本文化なんてダサい、泥臭くて恥ずかしい」と思っていたところに、日本語でも垢抜けた文章を書けるんだってことを示してくれたのが、村上春樹だった。
しかし、映画化作品は、大森一樹監督の『風の歌を聴け』しかなかった。80年代、日本映画だけが文化の潮流から、取り残されていた。

初音映莉子だけでなく、女優のいっぱい出てくる映画だけど、菊地凛子の存在感には驚かされた。
Photo6『図鑑に載ってない虫』の暑苦しいイメージしかなかったし、スチールを見ると、確かに顔の造形はゴツいのだが、映画の中では透明感がある。動きや話し方に、リズムがある。女優ってのも、自らの身体をつかった「作品」なんだよ。

そういう質的な評価をせず、「当たりか外れか」「ネタバレかネタバレ回避か」レベルで、乱暴に作品を切りすてていく日本人が、たとえば半世紀後に文化を維持できているか想像すると、不安しか感じない。

(C)2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

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2014年12月 5日 (金)

■1205■

『ベイマックス』の試写。仕事でインタビュー予定なので、サラッと。
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ロボット物です。ロボット・アニメです。『ジャイアント・ロボ』(もちろん今川版)、『アイアン・ジャイアント』、ボーイ・ミーツ・ロボット好きの日本人なら、見る資格と権利と義務があります。ちょっとした背景やコスチュームに、「これ、ひょっとして○○!?」と指差したくなるようなオマージュが満載です。

何より、舞台がいい。史上初めての、「海外から見た変なニッポン」の裏返しにある理想化された日本(東京)。未来ではなく、現在ってのがいい。「これ新宿にある通りだ!」とか、「ひょっとして上野のガード下?」とか、いろいろ発見がある。
CGアニメの強さは、既視感だから、知っている場所が出てくるほうが刺激的だし、愛着もおぼえるわけです。あと、CGは情報が効率的に伝わる。風船にさわったことのない人はいないから、風船で出来たベイマックスに触った感じは、誰にでも分かる。「ここは少し硬いんだな」「これぐらい押しても平気なのか」と、シナリオ的な説明なしで伝わる。(2Dで風船の質感を出そうとしたら、そういう演出と作画を考えないといけない。果たして、それを手で描けるアニメーターは誰なのか? 人選も考えなくてはいけない。)

もうひとつ、人物の表情ですね。これが、すごいレベルに達している。記号的な表情ではない。微妙なニュアンスが漂っている。まるで、俳優が演じているみたい。
「これはもう、全面的に3Dになって、2Dは特殊なジャンルになるな」と思ってしまった。全世界的には。『妖怪ウォッチ』は2Dで残るだろうと思ったけど、エンディングが3D作画でも、怒る子どもはいないでしょ?


もうひとつ、これはメカニックの話、エンジニアたちの話です。科学の門外漢は、ほとんど出てきてません。(主人公の母親がわりの、美人な叔母さんぐらい。)
そこが、好悪を分けるとは思う。14歳の主人公ですら、専門用語を平気で使い、幼さをまったく感じさせない。「子どもなんだから、未熟でいいんだ」って考えが、かけらも無いんです。そこがカッコいい。

子どもを主人公にして、「科学技術はどうあるべきか」を分かりやすく描けるだけで、もう降参!という気がしてしまう。
日本人には、基礎学力がない。それは理科や物理の授業の話ではないです。問題が起きたとき、どういう手順を踏んで、どう役割分担して、どこまでリスクを負えば解決可能なのか、日本人には考えられない。「まあ、何となくやろう」「ダメかも知れないけど、頑張ろう」としか思っていない。今の選挙活動を見ても、そうですね。有権者にメリットを提示できていない。スローガンの連呼だけ。ロジックがない。スローガンだから、平気でウソもつく。「政治ごっこ」「ままごと」なんですよ。


そういう意味からも、僕は「アニメは3Dになる」と思ってしまう。何よりも効率がよく、2D的な感情表現さえ可能になったから。「なんとなく、一生懸命やったから、伝わればいいな」ではなく、「どうすれば伝わるのか」討議した痕跡が、動きのひとつひとつに宿っている。
CGだから手抜きとか冷たいとか、そういうレベルの話ではなく、強い事実をより多くの人に伝えるには、CGが向いているんだと思います。実写だと3時間かかるところを、90分にできる上、年齢層を広げられる。どうすれば分かってもらえるか、ロジックがあるからです。
茫洋な、感覚的な好き嫌いなど、どこかへ消えてしまいます。

(C)2014Disney.AllRightsReserved.

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2014年12月 1日 (月)

■1201■

昨夜はレンタルで 『そして父になる』、今日は映画の日だったので、立川シネマシティまで『インターステラー』。平日で雨だったせいか、空いていた。
Gdafuxxl0y8おそらく、SF小説を熱心に読んできた人は、何度も何度も、こういう体験をしていると思うんだよね。上映時間3時間だけど、20年ぐらい経過したように感じたでしょ。文学的な体験だったね。

クライマックスで、五次元空間だったっけ、時間を物理的に感じられる世界に迷い込むけど、あれも既視感の強いシーンだった。おそらく、ああいう世界との接し方を、僕らは無意識の世界でやっているはずなんだ。
だから、ちょっと夢うつつのような、半睡しているような心地よさもあった。人は70歳で死んだら70年分だけしか知らないわけではなく、人の話を聞いたり、本を読んだりして、何百年分も生きているんだよね。そういう映画でしたね。


僕の友人は、四つの立方体を組み合わせた板のようなロボットに感心していたけど、あれはテオ・ヤンセンの風で歩く彫刻みたいだった。どこか、記憶の彼方からやってきたような風景にあふれた映画だ。
『フィールド・オブ・ドリームス』のようなトウモロコシ畑も、おそらくアメリカ人にとっては原風景なんだろうし、僕らも何度も繰り返し、映画の中で目撃してきたよね。だから、見ている間、気が遠くなるというか、フッと意識が途切れそうになるんだよね。

その体験は独特のものだけど……ストーリーテリングで言ったら、『トップをねらえ!』のほうが、丁寧に出来ていたと思う。だけど皮肉にも、『トップ~』の脚本を思いつく人材が邦画界にいない。たぶん、『宇宙戦艦ヤマト』を本気でアップデートしようとしたら、『インターステラー』のような映画になるんだろうな。だけど、この国の人たちは、コスプレ学芸会にしかお金を出さない。(というか、「漫画やアニメの実写化なんて、こんなもんでいいでしょ?」という妥協線が低すぎるんだよね。あまりにも。)


『そして父になる』も、カンヌで賞をとったがゆえの大ヒットであって。
福山雅治とリリー・フランキー、対照的な父親が出てくる。二つの家族像の対比が面白くもあるんだけど、「どんな親でも子どもを愛しているはず」という建前ぬきには、お金のかかった映画はつくれないんだろうな……。

僕の父親は、僕の母親を殺したけれど、4年近くたっても影響は残りますよ。もちろん、悪い影響。他人の同情なんて、半年ももたない。自分が関わりそうになったら、親戚だろうと友人だろうと、ダッシュで逃げるし。
「廣田は、あの事件で頭がヘンになった」とか、平気で言いふらされますよ。「廣田自身は悪くない、彼の父親の犯行だろう」なんて、そんな物分りのいい人はいません。僕も返り血をあびてるから、同罪なのよ。
もう忘れたつもりでいたけど、いまだにそういう扱いをされるので、ちょっと呆然としているところです。ホントに、くやしい。

(C)2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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2014年11月29日 (土)

■1129■

友だちから、「あんたは文章を売り物にできるのだから」と言われて、ハッとした。
それは、ちょっと違う。小説や詩のように、雑誌に載せても文庫にしても同じ価値を発揮するような文章は、僕は書いていない。その年、その月に発売される雑誌に「ページを構成する」「ページの一部を作る」のであって、文章だけをお金にしているわけではない。
企画を持ち込むこともあれば、「ガンダムで何かやりたいんだけど、ネタない?」と相談される場合もある。そこに答えを持ってくるというか、素材を用意する。少なくとも、それが僕の仕事。

なので、ライターだから文章が上手いとか下手とか、ライターだから文章が上手くなりたいというのは、ややお門違いな評価であり、願望だ。シメキリに間に合うように(つまり全体の制作期間を考慮して)、そこに必要な素材を配置することの方が、何十倍も必要な技術だ。


WEBアニメスタイルさんで、『機動戦士ガンダムUCインサイドアニメーションワークス2』を取り上げていただき、その文中に「作画参考などマニアックな資料満載だった前著に対して」という記述がある。
「マニアックな資料」が、バーニア炎やカメラ内の光源などの撮影指示書をさすのだとしたら、それは「ガンダムUCの現場でしか通じない資料」のこと。絵コンテやタイムシートなどの共通言語ではない、ローカルルールのことでしょう。ローカルルールは、どんな職種の現場にだって、必ずある。
「その瞬間、そのスタッフの間でしか通じないルールを徹底させる」のは、仕事を納期どおりに完成させ、なおかつ、クオリティを維持するための工夫だよね。根性論ではない。

なんかね、目に見えない「文章の神さま」「絵の神さま」みたいなものを素人が信仰するならまだしも、現場が頼りはじめたら終わりだと思う。
(そういう信仰を持っている夢見がちな人とは、怖くて仕事できないですよ。僕は、「早く終わらせて、早く呑みにいく」ことを目標とするようなリアリストと仕事したい。)


秋元才加の存在を数日前に知り、彼女がタンクトップでロボットを操縦する『ウルトラマンサーガ』をレンタルしてきた。冒頭で『ビューティフル・ドリーマー』をパクってみたり、けっこういいセンスの映画。
Img_3秋元は、『牙狼』のスピンオフ映画で、主演するんだよね。もう、雨宮慶太のもとにいるんだったら、秋元主演で『ゼイラム』を撮りなおしてもいいじゃん?
やっぱり、女優にとって怪獣映画は特別だろうし、怪獣映画にとっても女優は大事だろうし。日本映画専門チャンネルで『フランケンシュタイン対地底怪獣』を見たんだけど、水野久美がいなければ、ストーリーを構成できないようになっているよね。
やっぱり、その女優が単独で強いのではなく、女優と映画の「関係性」さえよければ、いくらでも魅力的になる。

ところで、『ウルトラマンサーガ』のVFXには、白組が参加している。
白組といえば『ガッチャマン』なんだけど、どうしてあの映画だけが執拗に叩かれるのかと思ったら、剛力彩芽の熱心なアンチがいるせいでは……と、友人の指摘。
せっかく良い部分があっても、自分の目で確かめようともしない愚民どもが、かさにかかって映画をダメにしてしまう。

(C)円谷プロ

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2014年11月26日 (水)

■1126■

機動戦士ガンダムUCインサイドアニメーションワークス2 28日発売
48841
冒頭のストーリーパート、後半のメカニックパートの構成と執筆を担当しました。本のコンセプトは「オールカラーによる作監修正集」です。

特にメカニックのページは、ガンプラを作る人は、ぜひ見てほしい。立体の把握と構成の仕方が、まさにプラモデル的な説得力を持っています。過去の宇宙世紀モノは、やはり作画が突っ走っていて、カットごとの整合性は後回しだったと思う。だけど、メカニック総作監の玄馬宣彦さんは、全編を通じて破綻をなくし、カッコよさの基準を明確にするため、あちこちで微調整しています。
(その玄馬さんの方針が後半では浸透していったので、エピソードの前半に比べると、実は総作監修正は少なくなっています。)

台割の段階から、足りないキャラやメカをリストアップし、すでにデータ化されている作監修正をより分ける作業から着手しました。
キャラクターパートは日詰明嘉さんの担当なので、構成と画像選定はお任せしたのですが、山のように詰まれたカット袋を運んだり整理したり……の肉体労働は、担当編集と3人がかりで数日かかりました。紙の上の作業に入れたのは、ずっと後ですね。
今年、まだいくつか取材やコラム執筆が残っているけど、このムックを作った時間、場所、どれも忘れがたい。埼玉県の貸し倉庫で、何も食べるものがないから、国道を渡って、誰もいない殺伐としたラーメン屋へ駆け込んだりね。靴の裏が焼けつくような、晩夏の光景だった。


レンタルで、『トガニ 幼き瞳の告発』。
Mv49853l韓国映画は、暴力描写がエグい。そんな印象がある。『息もできない』のラストも、精神的に後をひきそうな痛みの描写が、いつまでも心に残っている。『親切なクムジャさん』も、キツかった。
『トガニ』は児童虐待がテーマ。なので、それなりに覚悟して見たほうがいいだろう。

映画の後半では、生徒たちに性虐待を加えていた校長以下、3人の教師が法廷で裁かれる。社会的に身分の高い、地元の有力者。性虐待・性暴力の加害者は、どういうわけか偉い人ばかり。『なかったことにしたくない』の東小雪さんの父親も、その地方では、誰にも名前を知られた名士だった。
そこに目をつむっている人が多すぎるんだよね。児童福祉的な立場から性虐待を問題視している人さえ、やっぱり「社会風紀が悪い」と、手近なところに原因を求めたがる。家父長権の横暴さと対峙しようとしない。家庭内の支配と服従の図式から、目をそむけている。それは、男親の横暴さに屈服しているも同然なんですよ。

18禁ゲームやジュニア・アイドルを犯罪視するぐらいなら、国会議員がとっくにやってるよ。性虐待の専門書に近い本を読んでいる人たちが、浮世離れした国会議員と同じように「社会風紀が悪い」と、甘っちょろいことを言っている。思考がフラット化している。真実に肉薄してない。(例えば、盗撮については騒ぎ立てても、自画撮りについては口をつぐむ。)
だからといって、僕が動くと、「あいつこそが犯罪者」と陰口を言われる(笑)。最下層で僕らが狙撃しあっているうちにも、家庭内で沈黙と服従を強いられている子たちがいるんじゃないでしょうか? 一体いつまで、その子たちはほったらかしにされているのだろう?

(C)2011 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED

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2014年11月23日 (日)

■1123■

月刊モデルグラフィックス 1月号 発売中
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●組まず語り症候群 第25夜
今回のサブタイトルは、「サンゴーの死者」。マスターボックス社の1/35フィギュア・シリーズを四点も取り上げています(見開き2ページです)。

いっぱい写真を撮ってもらったけど、多すぎて使いきれなかった。本をつくるには、もちろん素材は多いほうが安心。だけど、本当に必要な能力は、思ったように素材が集まらなくてもページを構成できる能力。インタビューがポシャっても、ちゃんとページを持たせられる代案力です。


もうひとつ、「アキバ総研」さんにて、新連載『中年アニメライターの懐かしアニメ回顧録』がスタート()。第一回は、タツノコプロの『アニメンタリー 決断』です。
連載モノは、回数を重ねていって、いい意味で気合が抜けて、書いている人の“地”が出てきたあたりが面白い。なので、第一回は、やや硬いと思います。


いま作っている記事は、画像素材を集めるメーカーへの交渉も、すべて僕に投げられてきました。電話は苦手なので、本当は編集者に頼みたい。
だけど、ここでメーカーの担当者とやりとりした事実をつくっておけば、次の仕事に活かせるかも知れない。で、電話する前に、仲のいい不動産屋のおばちゃんと雑談します。「もっと人と話したいな」という気分になったところで、席を立つ。不動産屋から家まで一分もかからないので、帰ったらすぐ電話。これで緊張せずに電話できます。

で、メーカー3社とやりとりして画像をお借りしましたが、アニメ会社と違って「原稿チェック」なんてことはしません。実写の場合は、「(C)は忘れず入れてください。後、よろしく」。
なので、記事づくりに専念できます。アニメの記事の場合は、アニメ会社のチェック期間を織り込んで、スケジュールを立てないといけない。すると、一週間ぐらい早くテキストを上げる必要がある。最前線というか最下層では、本の制作期間を考えて、ありとあらゆるリスク・マネージメントをせねばなりません。しかも、ライターと編集者の2人だけで。


編集者とは主従関係ではなく、悩みをともに出来る関係が理想。
なので、困ったら、遠慮なく甘えます。甘えるんだけど、相手からのレスポンスが来るまでに、代案を用意して、できれば作業も始めておいて、「ごめん、何とかなりました」と答えられるよう、努力だけはしておきます。
だから、「甘える」というのは、相手に過剰な負担をかけるのではなく、「困難な状況を共有する」って意図があります。

昨夜、友人とコーヒーを飲みながら、いろんな話をしました。そのとき、こういう最前線=最下層でよりよい仕事をするためのノウハウって山ほどあるんだけどな……と、思ったのでした。

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2014年11月20日 (木)

■1120■

友人の強い勧めで、中野ブロードウェイの「深堀隆介展」()へ。
2_isou僕の写真はボケボケで何だか分からないので、上記リンクから、公式の写真を貼っておきます。これは立体の金魚ではなく、絵です。
透明なエポキシ樹脂の上に金魚のパーツを描いては、上から樹脂の層をつくり、また金魚のパーツを描いては樹脂を流し……という工程をくり返して、三次元空間に配した二次元のパーツのみで、立体的に表現しているのです。

近くで見ても、「あれ、やっぱり立体?……いや、絵だな」と、トリップ感を味わえます。
僕がとても嬉しかったのは、エポキシ樹脂もアクリル絵の具も、そこそこ知っている素材だったからです。どちらも、魔法のマテリアルではなく、不便なところもあります。それを物ともせずに、地道な作業のみで「この世に無いもの」を作る、その姿勢に惚れました。いさぎよく、堂々としています。
「工夫次第で、ここまで行けるんだ」と、元気づけられた気持ちにもなりました。

友人が言っていたのですが、10年ほど前の作品は「今ひとつ」な出来です。10年かけて、見違えるように進歩したことが分かる展示の姿勢も、小気味いい。
12/2まで、中野ブロードウェイの小さなギャラリーで開催しています。


CSで、『MS IGLOO-1年戦争秘録- 』第二話。モビルタンク、ヒルドルブの話。
実は、松戸バンダイミュージアムでの上映時、僕は、第二話までパンフを手伝っていた。第二話は大野木寛さん脚本、絵コンテはカトキハジメさんで、群を抜いて出来がいい。
Romo_lampkin___cc___685x385ゲストのソンネン少佐の声が、『ギャラクティカ』に出てきた弁護士、ロモ・ランプキンの吹き替えの人に似ているなあ……と思ったんだけど、天田益男さんは、『ギャラクティカ』には出ていない。
それで、役名の明記されていない「その他」のキャストをしらみつぶしに調べ、ランプキンの声は、隈本吉成さんだと分かった。

隅本さんの舞台の動画を見ても、ちゃんとランプキンの声、あの「話すのも面倒なんだけど、お前とは口ぐらいきいてやるよ」といった、寂しがり屋な雰囲気がある。
同じ事務所の声優さんは出てないから、バーターで割り当てられたのではなく、「ランプキンは隈本吉成さんしかいない」と、『ギャラクティカ』の日本語版制作スタッフが決めたはずなんだよな。
そして、隈本さんはランプキン役のマーク・シェパードの声に引っぱられることなく、自分でランプキンという役柄を演出、造形している。優れた俳優さんって、本当に「話し方」そのものが「作品」なんだよね。


で、今はいろいろ仕事してます。僕の提案した企画が動いてもいるし、提案された企画は実作業に入っています。

でね、あいかわらず、ぜんぜん返事のない人は、何も考えてないね。考えてる人は、「ちょっと待って、検討させてください」と即座に返事くれて、「こことここさえクリアすれば、何とか進めます」と、具体的に言ってくれるもん。
返事のない人を、「どうなりましたか?」と突っついても、「あー、それダメになりました」「忙しくて忘れてましたー」とか、「早く言えよ!」ってことしか出てこないもの。
だから、のろい人に当たってしまった場合は、先に代案を進めておく。僕らは忙しくならないように先手先手を打ってるのに、あなたが「忙しい」を言い訳にグズってるだけよって話です。

(C)2014, Syfy. All rights reserved.

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2014年11月16日 (日)

■1116■

朝はやく起き、たっぷりのお湯につかって、「今日はどうやって過ごそうか?」と思案する。
次の仕事のしめきりは、一週間ほど先だ。駅の北口でDVDをレンタルしてきてもいい。南口の図書館に行ってもいい。日曜日。外は穏やかに晴れている――。
ふと、ヴァンゲリスのオリジナル・ファーストアルバム『アース』に収められていた『イン・ザ・レイン 』の歌詞が、頭をよぎった。

My face in the rain
I walk all alone
It's Sunday time is slow
I'm happy that is all I know


本棚の隅に山をつくっていた、古い雑誌の整理をした。
僕がライターになった当初の、1998~1999年の「週刊SPA!」、書いた記憶のほとんどない「日経キャラクターズ!」の『ガンダムSEED』の取材記事、「シネコンウォーカー」の宮崎吾郎さんへのインタビュー記事などが出てきた。
「週刊SPA!」は、毎週水曜になると担当編集から「ピーンチ。廣田くん、ピーンチ」と電話がかかってきて、僕は即座に取材ネタを探して、アポとりから素材集めから、ひとりでやることが多かった。最速では、電話を受けてから6時間後に、原稿と写真を編集部に送ったこともある。
ひとりで仕事するのが好きだった。90年代後半の、ひんやりと冷たい東京の空気は、今でも忘れられないし、嫌いではなかった。

浜松町駅下車、東京湾にちかい通りに、「週刊SPA!」を発行している扶桑社はある。
ある日、編集者は僕を呼んで、高級なエスニック料理をおごってくれた。「しかし、お前さん、今のままでは生活が成り立ちますまい」。
それから、彼は多くの仕事を回してくれるようになった。98年の秋ごろ、僕は31歳だった。


夜になって、TSUTAYAで借りてきた『アイアンマン2』を見た。
ここのところ、仕事の都合で、アメコミ映画ばかり見ている。

トニー・スタークは大金持ちだが、その心は平穏ではない。胸に埋め込んだ動力炉のせいT0008293 で、身体が侵食されつづけている。
自暴自棄になった彼は酔っぱらい、ゴージャスなパーティを開き、そうかと思うと、Tシャツとスニーカーでオフィスに現われ、引きこもって研究に没頭することもある。

スタークを演じたロバート・ダウニー・Jr.は、当時45歳だった。
彼自身、華やかな経歴を薬物中毒で台なしにしてきた経歴を持つ(新しい動力炉を埋め込んだときの「口の中に金属とココナツの味がする」という感想は、彼のドラッグ体験が下敷きになっているようだ)。
その、いわば役者と役柄の起死回生が渾然となったとき、決して悲壮にならない。どこか、投げやりなほどの多幸感に満ちている。
膨大なビジュアルエフェクトを隅から隅まで堪能し、まだ一時間ある、あと30分もある……とゾクゾクしている。こんな満ち足りた娯楽を、たった108円で味わえる。しかも、続編も借りてきてある。今夜みても、明日の夜に見てもいい。
とてもちっぽけなようだが、これはこれで贅沢な時間。あの31歳の秋から、どうやってここまでたどり着いたのだろう、と思いをめぐらす。

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